先日またまた京都へ。
今回はいつもと違う所に行ってみたく、以前から気になっていた高雄へ向かう。
京都駅のバスチケットセンターで販売されている「高雄フリー乗車券」を購入。
通常京都から高雄までは片道¥520かかるのだけれども、このフリー乗車券、往復¥800で、しかも北野~栂ノ尾間は当日に限り、何回でもご乗車できるという優れもの(北野~栂ノ尾間は、仁和寺などの有名寺院もあるので、このエリアを巡るにはかなりお得な切符かと思われます)
京都市内の神社仏閣に向かうバスには沢山の観光客の姿があったけれども、この高雄行きのバスにはほとんど観光客の姿は無く、神護寺最寄りのバス停「山城高雄」で下車したのは私一人だった。
バス停から石段を降り、神護寺を目指す。
神護寺に近づくにつれ、川のせせらぎが耳に響く。
高雄は紅葉で有名な場所らしいけれども、真夏でもその姿は美しい。
そして神護寺へ向かう石段前に到着。
神護寺と言えば、400段の石段がキツイことで有名らしいけれども
一直線の石段では無くつづら折りの道なので、普通に神社仏閣巡りをしていれば、それほどキツイ訳ではないかと思われ。
途中にいらっしゃった道中安全のお地蔵様にもご挨拶させていただき、
つづら折りの道を歩いていたら
神護寺の楼門が目に飛び込んできた。
華美さは全く無いけれども、歴史を重ねてきた重厚な楼門を目にすると、その歴史の深さから醸し出される雰囲気に圧倒された。
神護寺は、一度はお伺いしてみたいと思っていたお寺だった。
何故ならば、空海さんと最澄様がリンクしているお寺だから。
平安京造営の最高責任者であった和気清麻呂公は、都の北西に位置し古くから紅葉の名所として知られるこの地に、愛宕五坊の一つとして高雄山寺を創建されました。天長元年(824)には高雄山寺と、清麻呂公が国家安泰を祈願するために河内に建てられた神願寺とを合併して、「神護国祚真言寺」と改められました。
高雄山寺の時代には和気一族に招かれて、比叡山の伝教大師最澄や、弘法大使空海が入山され、平安仏教の中心的な役割を果たして行くのです。ことに弘法大師は唐(中国)より帰朝して、大同四年(809)に入山以来、十四年間住持されました。弘仁三年(812)には伝教大師最澄らに真言密教の儀式である灌頂を授け、真言密教の基礎を築かれたのです。
~高雄山神護寺 リーフレットより引用
拝観料を支払い、お護りされている方にご挨拶して
楼門を潜ると、誰も居なかった。
誰も居ないようなお庭にお邪魔しているような気分になりながらも、境内を歩く。
そして和気公霊廟に到着した。
昔お伺いした宇佐神宮のことを思い出しながら、お参りさせていただいた。
そういえば、宇佐神宮にお伺いした時も、人がほとんど居なかった、と。
そして明王堂へ。
こちらの明王堂に安置されていた不動明王像が、平将門の乱を鎮圧するために成田山新勝寺に奉じられたということで、関東の人間にとっても、興味深いものがあった。
そして五大堂
毘沙門堂にもお参りさせていただき
大師堂にお伺いする。
こちらは桃山時代に再建されたもので、元は空海さんの住坊であったと伝えられている。
空海さんはこの地にいらっしゃったのか、と想いを馳せながら、こちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。
この日は京都市内よりも若干涼しいと言われる高雄でさえ、最高気温37度を記録した猛暑日と言われる日だった。
しかしながらこちらの前に佇んでいると、鳥達のさえずりや時折吹く風などが心地よく、それはまるで空海さんからの御接待を受けているような気持ちにさせてくれた。