本当に神社が好きな人に行って欲しい~神魂神社へお伺いしました

翌朝、大橋館で朝食をいただき(連泊しているのでメニューが違った。こういう心配りも嬉しいお宿でした)

神魂神社1

大橋館から一番近いバス停(大橋北詰)でバスに乗り、松江2日目の旅はスタート。

この日は八重垣神社・神魂神社・熊野大社をめぐる予定だった。なので、最初は八重垣神社までバスで行って、八重垣神社横のお店でレンタサイクルを借りて、レンタサイクルを漕いで神魂神社→熊野大社、そして熊野大社横のお店でレンタサイクルを乗り捨て、バスに乗って松江まで戻る、と言うプランを立てていた。

大橋北詰で乗車したバスは「かんべの里」行きのバスで、確か八重垣神社に停車するんだよなぁ、と思いつつ乗ってみた。八重垣神社ってアナウンスが出たら、下車ボタンを押そう!と思っていたけれども、何故か終点の「かんべの里」まで来てしまっていた。。。(←ってよくよく今バス時刻表を確認したら、平日も運行されているこのバスは八重垣神社通過だったー爆)

イキナリ予定の変更に面喰ってしまった訳だけれども、ここでめげてはならん!と出雲かんべの里に行って、レンタサイクルを借りた。

出雲かんべの里

神魂神社2

対応してくれたお姉さんがとても良い人だった。レンタサイクルは普通の自転車と電動アシストの自転車があるけれども、どっちが良い?と聞かれたので、熊野大社まで行くので、電動アシストの方をお願いした(自転車で熊野大社に行くと言ったら超驚かれたけれどもー笑)

ただ、電動アシストだと、熊野大社横のゆうあい熊野館では乗り捨てNGということで、出雲かんべの里まで返却して欲しいと言われた。。。

もうこういう流れなんだから、仕方がないと思い、電動アシストの自転車を借りた。

雨ガッパ持っている?と聞かれたので、折り畳み傘なら持ってます、と言うと、折り畳み傘さして自転車運転していると、警察に捕まっちゃうから、持って行きなさいーと、雨ガッパを貸してもらった。この時は雨が降っていなかったので、大丈夫だと思っていたのだけれども、この雨ガッパが後々大活躍することになるとは、この時は知る由も無く(笑)

松江の人ってホント良い人が多いよな~、この人の良さで、小泉八雲も松江の地にほれ込んじゃった訳だよ!と一人勝手に納得して、八重垣神社・神魂神社・熊野大社の旅がスタートとなったのでした(←これは健脚向けなので、フツーの方にはお勧めしませんー笑)

今回の旅の友。キセキレイ1号とでも名付けよう(笑)

神魂神社3

出雲かんべの里から神魂神社までは、自転車をちょっと漕いだら、たどり着いた。

国宝 神魂神社(大庭大宮)

神魂神社4

いきなりの崇高さに度胆を抜かれる。

神魂神社5

今回乗車するバスを間違って八重垣神社からスタートしなかったのは、最初にこちらのお社に導かれたからだと思った。

まず、ここにお伺いしろって。

神魂神社6

石段を歩いているだけで、近くにすごい神様がいらっしゃるのが分かる。

手水で清めて

神魂神社7

神魂神社8

お社を目にしただけで、西行じゃないけれども、かたじけなさに涙こぼるる、と言った気分になってしまった。

こんなにすごい神社が、松江にあったなんて。。。

こうやって思い出して書いているだけでも、涙が出そうになる。

神魂神社9

神魂神社 本殿

神魂神社10

神魂神社11

神魂神社というのは

御祭神

  • 伊弉冊大神(いざなみおおかみ)
  • 伊弉諾大神(いざなぎおおかみ)

由緒略

当社は大庭大宮とも云い出雲国造の大祖天穂日命が、此地に天降られて御創建、伊弉冊大神を祀り、出雲大神、出雲国の総産土大神、として天穂日命の子孫(大社町、北島、千家両国造)は元正天皇霊亀二年に至る二十五代果安国造迄祭主として奉仕、斉明天皇の勅令により、出雲大社の創建なるや、杵築(大社)へ移住(霊亀二年・716年)したるも国造就任の印綬とも云ふべき神代ながらの神火相続式並新嘗祭を執行の為、現在も参向されてゐる。

従って大国主命の国譲も、出雲朝廷のもと国造として祭政を執ったのも皆当社が中心で古代の神都であり、種々な遺蹟、伝説も豊富で神奈備山、大古墳群、出土品等貴重な文化財も多く、附近に国庁、国分寺等もあって、神代上古を通じ、鎌倉時代迄は政治、経済、交通の要衝であり、隣接に島根県立八雲立つ風土記の丘が建設され出雲文化発祥の転移を紹介してゐる。又毎年十月には全国の八百万の神々が集い給ふ神在際も行はれてゐる。

本殿は民俗祖先の独創なる日本最古の建築様式で天地根元造の形態を有する大社造として国宝(本殿。内殿。古代心の御柱の一部共)に指定され全国に現存する大社造りとしても最古(正平元年・1346年)のもので素朴雄大、森厳襟を正さしむ本殿内は狩野山楽土佐光起の筆とも伝えられる大壁画九面にて囲まれ荘厳極まりなく、天井の九重雲は(出雲大社は七重雲)日本建国の創業を物語る貴重な神話を伝う。

御祭神は日本民族の大祖に坐し、協力して建国の大業を成し給ひ、夫婦の道を開き、八百萬の神々や萬物を創造産出し造化の神に坐すが故に太古より出雲大神として結縁、授兒、安産、開運、商工繁栄、邪霊、病魔、厄難退散、農作豊饒、畜産繁栄等の御神徳は勿論、両大神が天の浮橋を使用された伝は明に物に乗ることの始めで造船、海運、漁業海上安全、陸上の交通安全の守護神として、又火の神を産むまして火器の発達を促しました故事により、製鉄鋼、竈、汽鑵、鍛冶、窯業、醸造等、火を利用される人々の守護神として霊験高く殊に戦時中は人命を尊重救助し給ふ大神の御神徳に肖る為め、多数の人氏子祈願参拝者で、雑沓を極めたこともある。

先年照宮成子内親王殿下御降誕の節御殿に伺候、皇后陛下の御母宮久邇宮大妃殿下御参拝を賜ひ、又三笠宮親王殿下、義宮親王殿下にも親しく御参拝あらせられ、国宝並に壁画の御見学を賜るなどの栄誉を頂き誠に恐懼の至りに堪へない処である。

~神魂神社 案内より引用

という、神社だったりする。

小林美元先生の『古神道入門―神ながらの伝統』にも、神魂神社について述べられているところがあって

JR松江駅から南の方、松江の南側に国府の跡として遺蹟が残っています。そこに神魂神社という非常に珍しい読み方のお宮があります。「かもす」というのはお酒を醸す、味噌を醸す、醤油を醸すというように、目に見えないものを目に見えるように醸していくという謂れのあるお宮です。

その神魂神社の近所に、1900年前までは出雲の大社が祀られていました。今は大庭町となっておりますが、その松江市大庭にオオクニヌシノカミ(大国主神)をお祀りするお社があって、そこの神様に千家さんのご先祖がお仕えしておられた。それが1900年前に現在の出雲市の方へお社が移った。だから大庭には神魂神社というお宮が現在も祀られていまして、出雲大社の原型と言われる高床式の御殿、地上から合掌の屋根の上まで、屋根まで15メートルとしますと、7.5メートルの所に床がある。高さ16メートルとすると8メートル、ちょうど真ん中に床がある。高い所に床を構えた御殿として、高床式の御殿が神魂神社の本殿ですが、これを形どって大きくして、1900年前に出雲に建てられたと口承されています。

~古神道入門―神ながらの伝統 より引用

と書かれている。

小林先生は千家さんと書かれているけれども、北島さんの方でも

7.出雲国造北島家と大庭の里

松江市大庭地区は「八雲立つ風土記の丘」があり、また旧国庁跡も発見されていて、出雲国の中心地であったということは定説となっています。出雲国造北島家では、この大庭の地を出雲国造家発祥の地と伝えていますが、このことは一般にあまり知られていないようですのでここに記すことにします。

出雲国造北島家に伝わる系図の第26世国造果安の項に次のような記事があります。「続日本紀元正天皇霊亀2年(716)2月丁巳、出雲国造外正七位上出雲臣果安、斎(とき)おわり神賀詞を奏し、神祇大副中臣朝臣人足、その詞を以って奏聞す、この日百官の斎か。果安より祝部に至り百十余人に位を進し禄を賜う。各差(しな)あり。伝に云く、始祖天穂日命斎(いつき)を大庭に開き、此に至り始めて杵築の地に移すと云々。」

この記録から見ると出雲国造家は、25世国造兼連臣(一説では23世国造帯許臣)まではその居住の地は今の松江市大庭にあり、26世国造果安の時代に現在の大社町杵築の地に移住されたことを証明していると思われます。

出雲国造家は杵築に移住した後も大庭との関係が続いています。例えば、大庭にある神魂神社で例年12月に斎行される古伝新嘗祭(しんじょうさい)には北島・千家両国造が参列し、幣帛を供進し、玉串を捧げて拝礼する習わしになっています。また、神魂神社の正遷宮祭には北島貴孝第78世国造が正装で参列し、奉幣行事を斎行いたしました。

そのほか、意宇6社(古代の意宇郡に相当する地域にあり、とくに出雲国造家にゆかりのある6つの神社)中、八束郡東出雲町の揖屋神社、松江市山代町の真名井神社、大草町の六所神社、佐草町の八重垣神社及び玉湯町の玉造湯神社の戦後の遷宮にあたっては、古例に従って第79世英孝国造が参向し、幣を捧げ玉串を奉って拝礼いたしました。

また、平成17年、第79世英孝国造が帰幽されたのに際し、現第80世建孝国造は神魂神社において古例に則った神火相続の重儀を斎行されました。

~出雲大社 北島国造館内 宗教法人 出雲教 HPより引用

まぁ、とにかくすごい神社なのだとお分かりいただけるかと。

神魂神社12

本殿でお参りさせていただいた時に、隣に白髪の上品なご婦人の姿が見えた。その方は私に「おはようございます」と言い、同じく本殿でお参りされていた。

私も、こういう気品漂う人になりたいなぁ、と思う位、凛とした空気感を醸し出している方だった。

そして境内を散策。

御釜宮

神魂神社13

熊野社

神魂神社14

伊勢社

神魂神社16

杵築社

神魂神社18

貴布祢稲荷両神社本殿

神魂神社21

外山社

神魂神社22

蛭子社

神魂神社28

武勇社

神魂神社29

すごい神様ばかりいらっしゃる、、、

そして、ここで一番すごいと思ったのは、こちらだったりする

神魂神社26

神魂神社30

お参りしているだけで、神様がいらっしゃるのが、本当にありありと感じられた。

そして、良いメッセージを頂戴したけれども、恐れ多すぎる言葉に、ただ恐縮するしかなかった。

神魂神社27

神魂神社25

神魂神社24

神魂神社20

社務所で御朱印を頂戴しようとすると、社務所にいらっしゃったのは、先ほど本殿横で挨拶して下さった白髪のご婦人だった。

御朱印と御本殿内壁画の絵葉書セットを頂戴する。

こちらでも「良いお参りでした」とお声掛け頂き、とても嬉しい気分になる。

神魂神社19

神魂神社、神社が好きな方ならば、絶対好きになる神社だと思う。

ただ、良い神社が故に、観光バスで団体さんが押しかけたり、パワースポットだからと言って、クレクレさんが集まるような神社にはなってほしくないなぁ、と思ったりした場所でした。

まぁ、来る人選ぶと思いますけどね、こちらのお社は。

古神道入門―神ながらの伝統

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