泉には龍神様が住むと言われている@龍泉寺

すずかけの道を戻り、龍泉寺に到着。

前回龍泉寺にお伺いしたのは4年前。

大峯山 龍泉寺に到着。 平日午後ということもあってか、若しくはたまたまなのか、私がお伺いした際には境内に参拝客の姿は無かった。...

相変わらず厳かな雰囲気を感じさせる場所。

手水で清めた後、お参りさせていただいた。

龍泉寺は洞川から大峰山へ向かう行者にとって、最初の行場となる場所。

大峯山で修行していた役行者が、山麓の洞川に下りた際、岩場の中からこんこんと水が湧き出る泉を発見し、そこに八大龍王をお祀りしたのが龍泉寺の始まりと言われている。

そしてその泉は「龍の口」と呼ばれ、現在も境内には大峯山に向かう行者が入山前に心身を清める水行の場がある。




最近読んだ本にこんな記述があった。

山道はすべて、これ仏道

山伏修行に理屈はない。ひたすらに山に行じ、山に伏すのみである。とはいっても、ただ漠然と山を歩くだけでは「行」にはならない。そこは、修行であるから、一つの教理にもとづく仏道をたどらねばならぬ。修験道では、これを「十界修行」という。歩きつつ、行じつつ仏果に近づく努力の過程と思っていただければいいであろう。そこで以下、修験道というものをごく初歩的に理解していただくために、これについて簡単に述べておく。

祖師役行者の言葉に「我があとを継がんとするものは、十界頓超の行をなすべし。身の苦しみによって心乱れざれば、証果かならず至る」という仰せがある。この「十界頓超の行」をわれわれはさせていただくのである。

「十界」とは、仏教にいう十界であり、わかりやすくいえば、迷いから悟りにいたる段階で、地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人間界、天道界、声聞界、縁覚界、仏界という十の世界をいう。それを「頓超」つまり、すみやかに超えていくという修行なのである。

もちろん、祖師のこのお言葉をどこまで把握できているかは、われながら心もとないが、私はプロの山伏として自分なりの解釈でみなさんをご指導申し上げつつ、私自身、この行をもって仏の境地いたりたいと、信徒のかたと共に精魂を込めて修行に打ち込ませていただいているのである。

〜『わが内なる悪魔を降伏せよ―修験道・男の世界 (1980年)』より引用

この後に十の世界の行について書かれているので、ご興味のある方はご一読いただければと(こちらの本、高値で取引されているようだったので、私は国会図書館で読みました)

八大龍王堂にもお参りさせていただいた。

日曜日ということもあってか、ひっきりなしにご祈祷が続いていた。

泉には龍神様が住むと言われている龍泉寺。

行者は水行の後、八大龍王尊に道中安全を祈ってから大峯山に向かうという。

またいつの日か龍泉寺にお参りできる日が来る事を願って、洞川を後にした。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.