方丈を後にして、南禅院へと向かうと鷺の姿を見かけた。
鷺は神の使いと言われて縁起の良い鳥らしいので、その姿を偶然とは言え見かけることが出来て、嬉しくなってしまった。
そして水路閣を抜け
南禅院に到着した。
南禅院
南禅院と言うのは
離宮禅林寺殿の「上の宮」遺跡で南禅寺発祥の地である。応仁の乱後久しく荒廃していたが、元禄十六年(1703)徳川綱吉の母桂昌院らの寄進により再建された。
方丈中央には南北朝時代作とみられる亀山法皇の御木像(重文)が安置されている。襖絵は狩野常信と其の子如川、随川の作である。
幽邃な庭園は法皇遺愛の林泉で、史跡及び名勝に指定され京都で唯一の鎌倉時代作庭である。
築庭に当って竜田の楓を移植し、井手の蛙を放ったと伝えられる。
池中に心字島を浮かべ、池泉廻遊式庭園である。
~南禅寺リーフレットより引用
という、南禅寺発祥の地と言う事で、拝観料を支払っても是非とも見学してみたいと思った場所だった(と言っても、実は南禅会館に宿泊した人は、拝観無料だった)
境内にお邪魔すると、それはまるで別世界の空気感。
パワースポットに行くと温泉に入ったような癒される感覚になると言う人が居るけれども、こちらの境内にお邪魔すると、まさしくその雰囲気がビシバシ感じられる場所で、逆にこの癒されまくる感覚は何なんだろう?と思ってしまった程だった。
廻遊式庭園と言う事で、池の周りを歩きながら、お庭を愛でる。
歩いているだけなのに、とても癒される感覚。
とても、不思議だ、と思いながら歩いていたら
亀山天皇の分骨所があり、そういう場所でもあるのだと認識して、一人勝手に納得してしまったりした。
紅葉の時期はさぞかし美しい場所なのだろう。
境内にお邪魔するだけで、癒されまくった場所と言うのが超久しぶりだったので、やはり行動しなくては、自分に合う場所は見つからないのだと言う事を痛感した。
誰かが言う素敵なところは、誰かにとっての素敵な場所であって、自分に合うかどうかは、やはり自分で確認して、判断するしかない。
自分自身を頼りに、直感で行動あるのみですな。
何事も。