優しさ故の厳しさ~竹生島宝厳寺にお伺いしました

券売所で拝観料を支払い、宝厳寺へと歩みを進める。

石段は167段あるということだったけれども、今までの神社仏閣旅の中で一番辛かった石段と比べればまだまだ可愛いものだと思いつつ、石段を登っていった。

石段途中には手水があったので、そちらで清めた後

反対側を見ると瑞祥水なる霊水があった。

瑞祥水

なんでも御本尊大弁才天様の御託宣により掘られた霊水ということで。

そして瑞祥水傍にいらっしゃった仏様にも祈りを捧げ

再び石段を登る。

そして宝厳寺の本堂前に辿り着いた。

宝厳寺 本堂(弁財天堂)

本堂手前右側にお不動様がいらっしゃったので、まずはこちらのお不動様にお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。

そして本堂にお邪魔して、弁財天様にお参りさせていただいたのだけれども、こちらの弁財天様は(私にとっては)とても厳しいお方で、ここ最近の自分自身のあり方を問い質されるようなお言葉を頂戴してしまった、、、

そのお言葉はボディブローのようにじわじわと響いていた訳だけれども、確かにおっしゃっていることは真っ当で、優しさ故の厳しさだということは重々承知している。

間違っていることを正すように、と促す言葉は時として、厳しさを含んでいるものだと言う事も分かってはいながらも、この旅で最初に参拝した仏閣でのお言葉がこういう厳しいものだったということに、正直へこんでしまっている自分が居た。。。

けれども今回の旅を終えた今となっては、そのお言葉の意味が良く分かるし、旅の前の状態から救い出して下さったお言葉でもあったと思えるので、やはり神社仏閣には呼ばれて行くものだと改めて感じてしまっている訳でして。

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本堂でのお参りを終え、本堂左奥に御鎮座されている三龍堂にもお参りさせていただいた。

三龍堂

そして納経所で御朱印を頂戴した後、境内を散策する。

五重石塔

妙音天堂

行尋坊 天狗堂

竹生島には天狗が多く住んでいたということらしい。

そして奉安殿に差し掛かる。

奉安殿

そして、この先にいらっしゃったのが役行者様だった。

竹生島の島名は、役行者様が修行中、弁財天様の霊験を得て、地に立てた杖から二股の竹が生えたので、竹生島の名が付いた、という説もあるということ。

こちらでもお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。

そして三重塔方面へと向かう。

こちらには天照様もいらっしゃり

雨宝童子堂

そもそも竹生島宝厳寺は、

神亀元年(724年)聖武天皇が、夢枕に立った天照皇大神より「江州の湖中に小島がある。その島は弁才天の聖地であるから、寺院を建立せよ。すれば、国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう」というお告げを受け、僧行基を勅使としてつかわし、堂塔を開基させたのが始まりです。
竹生島宝厳寺 HPより引用

ということで、お参りさせていただくと当然というべきなのか、伊勢の金剛証寺の宝物殿で見た雨宝童子様のことを思い出している自分が居た。

こちらの宝厳寺にも宝物殿があったのだけれども、フェリー出発の時間まで島内を回る時間が読めなかったので、時間があったら後ほどお伺いすることにした、

宝物殿

三重塔

この辺りから見る琵琶湖の景色がとても素敵で、しばし見入ってしまった。

そして石段を降ると、見えてきたのが観音堂の唐門。

って修理中だった。。。

そして観音堂にお参りさせていただいた訳なのだけれども、こちらの観音様にも、弁財天様同様に厳しいお言葉を頂戴してしまった。。。

ホントここ数カ月の自身の至らなさを再確認すると同時に、反省することしきりだった。

弁財天様と観音様、お二方からダメだしのように厳しいお言葉を頂戴してしまった己の未熟さを抱えつつ、船廊下を歩いて都久夫須麻神社へと向かった。

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