築地本願寺の参拝記念スタンプ

先日おはなまつりで築地本願寺にお伺いしました。

いつも神社仏閣にお参りすると御朱印を頂戴するのですが、築地本願寺には御朱印は無いということで、参拝記念スタンプを頂戴いたしました。

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築地本願寺 参拝記念スタンプ

2018年4月8日にお伺いしました。

4月8日はお釈迦様のお誕生日をお祝いする花まつりが行われるということで、今年は日曜日ということもあり、どこかのお寺にお伺いしたいと思っていた...

参拝記念スタンプは本堂に入った左側に設置されていました。

記念スタンプは4種類ございました。

でも何でお寺なのに御朱印が無いのだろう?とお思いの方もいらっしゃると思いますが、それはこちらが浄土真宗のお寺だからなのです。

記念スタンプが置かれていた台にも

なぜ築地本願寺には「ご朱印」が置いてないの?

ご朱印とは、追善供養のために写経したものを寺社に奉納した際にいただく受取印が起源なので、追善供養を行わない浄土真宗にはご朱印がないのです。

と言った案内がありました。

ちなみにこちらに記念スタンプ台には半紙など、スタンプを押す紙は用意されていないので、記念スタンプをいただきたい際には、事前に紙を用意されておいた方が良いかと思われます。

感想

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今年の1月に比叡山にお伺いしたのですが、事前に調べものをしていた際に何故か浄土宗・浄土真宗が気になって、親鸞様にゆかりのある青龍寺や法然様得度の地である法然堂にもお伺いしたかったのですが、大雪で足場が悪かった故、それらの地にお伺いすることは叶いませんでした(いつの日かお伺い出来ることを願ってます)

そして浄土真宗について調べていたら、浄土真宗のお寺では御朱印だけではなく、お守りや御札も頒布されていないということ、そしてその理由を知り、ある意味本質かも知れない、と思ってしまったのでした(転載することが許されていないので、ご興味のある方はググって調べてみて下さいませ)

私自身は多くの神社仏閣でお守りや御札を頂戴しているので、神社仏閣で授与品を受けることは否定しないけれども、結局はお守りや御札を受けたことの安堵感から神仏に全てを任せ、そして信じ切って行動を起こさなければ、何の変化も起きないのだとは思う。

今回築地本願寺の書店で『すくいとよろこび (法話集)』という本を購入したのだけれども、その本の中にこういった記述があった。

こうした人間の不十分な愛と対比すると、ほとけ様のお慈悲、阿弥陀如来のお慈悲は、たとえば病気を治してくださいとか、お金持ちにしてくださいといった、自分勝手な私たちの要求を何でも過保護に聞いてくださるということでもなければ、逆に放ったらかしにして、見過ごしてしまわれるのでもないのです。

本当の意味で、温かく包んでくださると同時に、自立できる人間、自分のことは自分でやっていくという人間を育ててくださる、いうなれば、本当の愛情であるということができると思います。

~中略~

とかく、私たちは、お慈悲に甘えてしまって、自分勝手な要求も認めていただこうという気になりやすいものですが、親鸞聖人は、そういう私たちのあり方を深く反省され、身を粉にして報いなければならないお慈悲であると受け取っていらっしゃいます。

そこにお慈悲に包まれた私たちの生き方、あり方を、身をもって示してくださっているのです。

~『すくいとよろこび (法話集)』より引用

御朱印が無いお寺にお伺いして、改めて神仏に対して考える機会が出来た良い参拝が出来たことにひたすら感謝するしかなかったのでした。

すくいとよろこび (法話集)
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