ふらふらと呼ばれるように歩いていた。
元三大師御廟、と案内版には出ていたけれども、それがどういう場所かと言う事は、この時は全く分かっていなかった。
この旅行に行く前に、本当にとても落ち込んでいて、ブログも全く書けない状況になっていた。
腐っている時は旅行に行くのが一番だと思い、いろいろなツアーなどを調べて、当初は九州に行く予定だった。トラベルコちゃんで調べた格安ツアーに申し込んだら、ホテルが満室と言う事でツアーの予約が取れなかった。
けれども旅行には行きたかったので、とある人から聞いた京都のある神社にお伺いしようと京都行きを決めた訳だけれども、京都に行こうとしたその日の夜、夜行バスに乗る前に、九州での地震を知った。
不謹慎だとは思うけれども、この時、本当に私は神様仏様にお守りいただいているのだと実感した。
ただ、本当に急遽決めた旅行だったので、比叡山についてもガイドブックでさらっと確認した程度だったから、元三大師御廟という場所がどういう場所かと言うのははっきり言って良く分からなかったというのが本当のところだった。
元三大師御廟に向かう道にも仏様がいらっしゃる。
この道には、本当に誰も居なかった。
鳥達のさえずりが聞こえるだけ、誰も居ない、初めて訪れる地を歩くということは、ある種恐怖を覚えるものだったりする。
本当にこの道でいいのだろうか?
引き返した方が良いのではないのだろうか?
そんな思いが頭をよぎる。
そして、どれくらい歩いたら、私は元三大師御廟に辿り着くことが出来るのだろうか、などと思いながら歩いていた。
元三大師御廟
突如お社が現れた。
手水で清めようと思ったら、水が出なかった(爆)
そして鳥居を潜り、お参りさせていただくと、とても不思議な気持ちになった。
というのも、お参りさせていただいたら、天国に居るかのように、とても甘い香りがブワっと漂ってきたから。
辺りを見渡しても、そういった香りを発するものなど、何も無かったのに。。。
しばしこちらで佇んでいた。
私は、今回こちらにお伺いする必要があったのだろう、と思いながら。
元三大師御廟から来た道を戻る。
すると元三大師道という石碑を発見する。
私は不勉強だったので、元三大師様と言う方について、この看板を見て知ることとなった。
元三(慈恵)大師について
元三大師は、僧名を良源大僧正(912~985)という。今から約千年前に出られた近江の人で比叡山第18代目の座主に昇り、この間20年にわたり比叡山の教義を確立し、学問を高め、荒れていた比叡山を復興し、横川の地で幾多の弟子を育てられ比叡山後世中興の祖と仰がれている。
~中略~
常に横川の地に住し、法力、霊力の持主とも知られ、常に護法の権化として人々の魔を除き、家庭の厄除けや農業における五穀の農作の守り紙として今日も広く信仰を集めている。
また大師は、全国いたるところに使われている「おみくじ」の元祖としても知られる。
元旦の三日にお亡くなりになられたので、元三大師と称されている。
元三大師御廟はパワースポットとか、そんな言葉で表現出来るような安っぽい場所ではない。
けれども、それこそ、何かを感じ取れる力がある人ならば、一回はお伺いした方が良い場所であることは確かだと思う。