約2年前に出雲大社にお伺いした際には、素通りしてしまった北島国造館。その時は、どういうところかも知らずに、何故ここに出雲教という施設があるのだろう?と思った程度だった。
調べてみると
出雲国造家の分立
始祖天穂日命以来、第54世孝時国造まで出雲国造家は一統で続いてきました。時あたかも南北朝時代に及び、時代の風潮もあってか、第55世清孝国造の後をめぐって兄弟の間に争いが生じ、以後北島・千家と分立することになったのは当時の時世とはいいながら残念なことでありますが、今となっては止むなきことで、両家共国造家の格式を重んじて共々繁栄しなくてはなりません。
しかるに世間一般では、とかく両家の本末を論じ、その黒白をつけたがっている向きもあるようですが、このことは厳に謹まねばならず軽々に論じてはなりません。しかし、どうした訳か一部の辞典など出版物に、分立の史実を誤って記されているケースが見受けられます。その代表的な例は、清孝国造をめぐる血縁関係について「清孝と千家家の祖となった孝宗は父子、清孝と北島家の祖となった貞孝は兄弟」というもので、このことは史実と異なっています。
~出雲大社 北島国造館 出雲教 HPより引用
というもので、出雲大社国造は千家・北島と分立してしまい、現在に至るというところなのだった。
これは、私ごときが語る事柄ではないけれども、地元では北島さんの方が格が上といった声もあるらしい、ということだけ述べておきます。。。まぁ、私個人の意見としては、奉仕されている対応が、こちらのお社の方が良かったです。
翌日殊更、このことを実感するとは、この時は露知らず、、、
北島国造館
こちらは出雲大社のすぐ隣にあるのに、参拝客が少ないせいか、門を潜るととても気持ちいい気であふれていた。
御神殿
手水舎
手水で清めて、こちらにお招き頂いたことに感謝してお参りさせていただく。
お参りさせていただくと、何故かとても優しい気持ちに包まれた。
なんでなんだろう、、、
大国主大神様のお力に、本当に触れたようなカンジで、、、
そして、境内を散策する。
こちらは、本当に清々しい気持ちになれる。
滝があることも関係しているのかもしれないけれど。。。
天満宮
少名毘古那神像
亀の尾の滝
天神社
御三社
境内を散策して、お参りしているだけで、とても清らかな気持ちになれた。
出雲大社とは違う気。
けれども、とても好きだと思えた。
そしてお守り等授与所で御朱印を頂戴すると「ようこそお参りくださいました」との言葉を頂戴した。出雲大社の事務的な対応とは正反対の対応で、とても感激してしまった。こちらで奉職されている方は、皆さん、とても素敵でした。
良い気分でお参り出来たことに感謝しつつ、北島国造館を後にして、真名井社家通りを歩く。
真名井社家通り
出雲大社からほど近いというのに、観光客がほとんど居ないという、私好みの通りだったりする。
そして目指したのは命主社。
命主社
こちらは2年前にお伺いして、あまりのパワーに圧倒されてしまった場所だったりする。
命主社
御祭神神産巣日神は高天原に化成された3柱の神のお一方で、大国主命が八十神に謀られて身罷られたときに蘇生させ、また、少名毘古那神を我が子と認めて共に国を作り固めるように命じられた神様です。
~出雲大社 北島国造館 かいわい ぶらりマップ より引用
こちらでお参りさせていただくと、神魂神社にお伺いした時のような気持ちが蘇ってきた。
神様のお力というものを、ありありと感じることが出来る場所。
何故か悲しくもないのに、涙にむせびながら、お参りさせていただいていた。
そして真名井の清水にもお伺いする。
真名井の清水
真名井の清水も人がほとんど来ない場所だけれども
真名井の清水
出雲大社の神事に関わる神聖な水として知られ、鎌倉時代の古絵図にも描かれています。清冽な水が枯れることなく湧き出ており、神水として汲みにくる人が絶えません。島根の名水百選に選ばれています。
~出雲大社 北島国造館 かいわい ぶらりマップ より引用
ということで、私がお伺いした際には、ご近所さんらしきおばあちゃんとお孫さんがお水を汲みに来ていた。
出雲大社からほど近い場所にあるというのに、北島国造館も、命主社も真名井の清水も、観光客がほとんど来ない。けれども、とても素敵なところだった。
ツアー客であふれているような場所ではなく、こういった場所に一人でお伺いできるのはとても幸せなことなんだろうな、とフト思ったりした。