知らなかった、だけでは済まされない

susajinjya9

ちょっと前の毎日新聞のWeb版の記事だけど

パワースポット:聖地に怒り、柵設け「禁足」も

「パワースポット」と呼ばれる全国の聖地で、神職たちが怒っている。巨木や岩に力を求める一方で、感謝をささげる心を忘れた人たちが後を絶たないからだ。京都府北部では柵を設けて立ち入り禁止にした神社も。神職たちは「古代からの祈りの心を守りたい」と訴えており、謙虚に祈る参拝者からも戸惑いの声が漏れている。【安部拓輝】

 伊勢神宮外宮(三重県伊勢市)にまつられる豊受(とようけ)大神の故郷で、日本三景・天橋立に近い宮津市の真名井神社には昨年末、弥生時代から神が宿るとされる磐座(いわくら)の前に柵が設けられた。ブームは数年前から。「有名人もあやかるパワーの源」と旅行誌などに紹介され大勢が訪れるようになったが、磐座に登って座禅を組んだり短パンにサンダルで騒いだりと目に余る姿に苦情が寄せられている。

 来春には高速道路網が整備されて人出が増す。海部穀成祢宜(ねぎ)は「できれば古代のままを保ちたいが、境内は無人。善意に委ねるわけにはいかなくなった」として磐座の周りを玉砂利で埋め、柵で仕切って禁足の札を立てた。直後に訪れた東京都葛飾区の広瀬敬さん(67)は「これで4度目の参拝だが、柵に驚いた。磐座の前に行けないのは残念」と話した。

 島根県出雲市の須佐神社は「日本一のパワースポット」と紹介されてから参拝者のマナーが悪化した。樹齢1300年の大杉に柵をしてもお構いなしで乗り越える。40代の夫婦に注意したという神職(66)は「木に触ってパワーをもらいたかったらしいが、神社が何をする場所か思い出すまではもう来ないでほしい」と憤る。鳥居をくぐらず裏口から入ってカメラを回すテレビ局の取材班には「神様の家に勝手口から上がり込まないで」と制止し、撮影を断った。

 伊勢神宮外宮では式年遷宮の際にお祓(はら)いの場となる「三ツ石」につまずかないよう縄で囲ったところ「手をかざすと温かい」という誤解が広がって人だかりができた。神宮司庁広報室は「マスコミにはパワースポットとしての取材をお断りしているが、ネットまでは……。全国の聖地が抱える問題だ」と戸惑う。

 高校時代から50年近く聖地巡礼を続けている鎌田東二・京大こころの未来研究センター教授(宗教哲学)は「場合によっては参拝への規制も必要だろう」とする一方で「聖地に関心が高まるのはいいこと。パワーのもらいっぱなしではなく、感謝と返礼の心を表すことが大切では」と話している。

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私は神社仏閣に行くのが好きだけれど、年代関係なく、そこで目にする「ご利益クレクレモード」な人は嫌いだなぁ。

確かに神社仏閣はパワースポットであると思うけれど、●●の木に触ると良い事がある、とか、●●石に手をかざすとパワーが貰える、とかしたり顔で言ってるスピリチュアルな人を目の当たりにした時には、昨日読んだ本じゃないけれど、魔神が付いているんだろうな、と思ったりもした。「神社仏閣を荒らせ」という力が、人間の欲を利用させて、御神木などを滅茶苦茶にさせてしまうんだろうな。

知らなかった、だけでは済まされないこともありますからね。。。

神社仏閣からパワー貰いたいなら、そこでお金を使う事が一番です。伊勢神宮ならば御饌や御神楽あげるとか、寄付を募っている神社仏閣であれば、無理のない程度で寄付させて頂くとか。私も御縁を感じたところでは、お金を使うようにしています。自分の持っている「お金」を使うこと(=貰って頂く)は、自分がもっている「厄」をも貰って頂く面もありますしね。(ただ、金儲けだけに走っている神社仏閣では、お金は使わないです)

出雲大社紫野教会のHPに載っていた「昔は神社の神木に触れると祟りがあるとされた」という読み物は、是非とも読んで頂きたいと思います(ちなみに私は無宗教ですが、神様仏様共に信じています)

最近のパワースポットの影響で、神社の木からパワーをもらうとして、手を触れたり、抱きついたりする人もいるそうですが、そもそも昔は神社の神木に触ってはいけないと言われていました。


 万葉集にある歌を見ると

 「神木(かむき)にも 手は触るといふを うつたへに 人妻といへば 触れぬものかも」

意味は”神木でも手ぐらいは触るというのに、むやみに人妻というと触れられないものだろうか”という歌で、人妻を好きになってしまった人のやや不穏当な歌ですが、日本古典文学全集(小学館)の注では、「※普通は神木に接触したりいためたりするとたたりがあるとされた。」と書かれています。


 同じ万葉集に、もう一首歌があります。

 「うまさけを 三輪の祝(はふり)が 斎(いは)ふ杉 手触れし罪か 君に逢ひがたき」

”三輪の神官が神木として祀っている杉に、手を触れた罰でしょうか、あなたに逢えないのは”という意味の歌で、三輪の大神神社の神木に触ってしまったからだろうか、という恋の歌です。



この二首からわかるように、奈良時代の人は神木に触れると祟ると思っていたわけです。

 最も、今神木に触ると祟るとは申しません。ただ間違いないのは、触れることによって木は傷むし、根元をたくさんの人が歩き回ると根が傷むということです。ひどい人になると木の皮を少しはいで帰る人までいるようです。本当にバチが当たりかねません。


そして言えるのは、触ったところでパワーをもらえるようなことは無いということです。そういう気がするだけでしょう。どなたが言い出したのかわかりませんが、普通に考えて頂いて、自然によろしくないことは避けられるべきだと思います。
~出雲大社紫野教会HPより引用

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