繰り返す歴史

日経新聞を読んでいたら、『続・忘れられたパンデミック』という記事を目にした。

第一次世界大戦中の1918年に始まったスペインインフルエンザのパンデミック(スペインかぜとも言われている)について書かれていたのだけれども、この中で描かれている日本のマスクの供給などの状況が、今の状況とそっくりだったことに驚きを隠せなかった。

特に興味深かったのが以下の文章

様々なワクチン接種も行われたが、ウイルスの正体が解明されていないため有効ではなかった。

日本では神社での神頼み、米国では怪しげな民間療法、詐欺的な治療が横行した。同国では第一次大戦の敵国ドイツが菌を散布したという陰謀説が流布した。

ホント今の状況と同じじゃないですかーーー!と。


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東日本大震災の時にも感じたのだけれども、こうした状況下では、本当に怪しげな人々が跋扈する。

東日本大震災後に出会った自称霊能者に、放射能が心配だから水道水を飲むのもためらうと伝えたところ、喉にフィルターがあり、そのフィルターが放射能を防いでくれるのをイメージすれば良いのよ、と言われたことがあったけれども、私がお酒も煙草もたしなむと伝えたら、それは身体に悪いので止めた方が良いと言われた。。。

あなたの理論で行けば、お酒も煙草も喉のフィルターで害を防いでくれるとイメージすれば良いのではないですか?と内心突っ込みを入れつつ(笑)

まぁその自称霊能者は結局金づるが欲しくて近寄ってきただけの人だったので、切ったけれど。

私は、目に見えない世界は信じているし、否定はしない。

けれども、それを利用して人々を悪い方向へ向かわせる人々の存在は、ある種のリトマス試験紙のように、己を試されている為に現れているのだとは思うけれども、こういう状況下ではダークサイドに陥る人々も多いのだろう。

偉い人が言っているから、とか、みんなが言っているからとか、そういうの一旦取っ払って、果たしてそれが正しいのか、正しくないのかは、自分自身で判断するしかないのでしょうね。

*トップの写真は高野山の孔雀堂です。

人間は毒にあたれば死ぬ、しかしながら孔雀は悪食しても死なず。解毒し、咀嚼する。古代インドの一部の種族の思想にあっては、孔雀の解毒能力をうらやむよりも、毒にあたった人間がいっそ孔雀になってしまえばいいと考えた。毒にあたればすぐさま孔雀の咒を用い、自分の内蔵を孔雀の内蔵に変じさせてしまうのである。このため孔雀の咒ができ、ひろがった。

~『空海の風景〈上〉』より引用

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