横川の光~恵心堂・横川中堂

道元禅師得度霊跡を後にして、恵心堂へと向かう。

前回こちらにお伺いした際には、参拝客の姿を多く見かけて、賑やかなところだなぁと思ってしまったけれども、今回は平日ということもあってか、人の姿を見かけるという事は無かった。

お堂の前に到着すると、光に満ち溢れていて、そしてふんわりとした優しいものが漂ってきた。

今回、こちらにお伺いして目の当たりにした姿が本当の恵心堂なのだろうと思いつつ、こちらにお招き頂いた事に感謝してお参りさせていただいた。

そして、単純にそのお堂の姿の美しさに見とれてしまっている自分が居た。

キラキラヒカル。

そんな、感じ。

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そして横川中堂へと向かう。

途中、虚子塔があるので、勿論お伺いさせていただいた。

高浜虚子は比叡山をこよなく愛した俳人だと言われている。

それだけこの地ー比叡山ーと言う場所は、目に見えないものを感じとる力がある人々にとって、重要な場所だとも言えるのだろうと思いつつ、今回もこちらにお招き頂いた事に感謝してお参りさせていただいた。

マリメッコらしき生地で彩られた平和地蔵さんにもご挨拶させていただいて

赤山宮でもお参りさせていただいた。

ここから横川中堂へ向かう道には、恵心僧都様のお言葉が展示されている。

これらを見ていたら、小学生の頃に友達だったお寺の子の家に遊びに行った時のことを思い出した。

その子の家に遊びに行くと、いつもお寺の大広間のようなところに通されていたのだけれども、その大広間に掛けられていた複数枚の地獄絵図の掛け軸を見るたびに、悪い事をするとこんな酷い目に合うんだと小学生だった私はビビっていた(笑)

それは、ペンチらしきもので舌を抜かれている罪人の姿や、あばら骨が見えているようなやせ細った罪人達が、鬼達に無残にも釜茹でにされている姿。

小学生だった私にはお寺という場所は良く分からない場所だったけれども、少なくとも、その地獄絵図を見たことにより、嘘をついたり、人を欺いたりするなど、悪い事はしてはいけないという気持ちが芽生えた場所でもあった。

何十年が経過して、こうやって自らいろいろなお寺に赴くことになるとは、その当時の私には知る由も無かった訳だけれども、こういうのもご縁なんだろうとは思う。

そして横川中堂に到着。

靴を脱いでお堂の中にお邪魔して、聖観世音菩薩様や不動明王様に再びお招き頂いたことに感謝してお参りさせていただいた。

本当にこちらの聖観世音菩薩様は美しい。

しばし時を忘れて、こちらの観音様の前に佇んでしまった。

そしてお堂の中を回り、横川中堂を後にする。

新緑の緑とお堂の朱が見事なコントラストを奏でていた。

本当に、美しい場所。

横川を後にしなくてはならないことの一抹の寂しさを抱えつつ、バス停方面へと戻る。

すると来た時には気付かなかった、龍ケ池が美しく生まれ変わった理由を目にした。

夢告。

どなたかの夢に出られた龍神様のお告げで、こちらが美しく変わったことを知った。

恐らく龍神様もとてもお喜びになっているのだろうと思いつつ。

本当にこの横川という地は、私を惹きつけて止まない。

元三大師様を始めとして、様々な高僧と言われるお方がいらっしゃった場所ということもあるのかもしれないけれども、この地に崇高なものを感じるのは、恐らく私だけではないだろう。

それは、光に満ちた祈りの土地だから、だとも言える。

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