だからこそ、人生は、美しい~比叡山延暦寺・浄土院

週末、またまた比叡山にお伺いしました。

最近京都までの移動は新幹線が多かったので、今回は気分を変えて飛行機で移動。

7:00羽田発の飛行機に搭乗して、8時ちょい過ぎに伊丹に到着。

そしてリムジンバスに乗車して、小一時間程度で京都駅に到着。

そしていつもだったら、JRで比叡山坂本駅まで移動していたのだけれども、今回はなんとなく京阪に乗りたい気分だったので、京阪を利用して坂本比叡山口駅まで行ってみた。

2両編成の小さな電車。

とても可愛い。

東京都内の電車に乗車している時に感じる、殺伐な雰囲気とはまるで違う空気感に癒される。

通勤・通学時間帯では無いことも影響しているのだとは思うのだけれども。

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そしてゆったりとした気分で、電車に揺られ坂本比叡山口駅に到着。

ここからケーブル坂本駅まで歩いて行く。

いつもながら、坂本の石垣の街並みはとても美しく、なのに観光客の姿が殆ど無いということも、私がこの地を気に入っている要因の一つでもある。

そして毎度お馴染みのケーブル坂本駅に到着。

平日ということもあり、ケーブルに乗車する人の姿はまばら。

そしてケーブル延暦寺駅に到着。

そして歩いて7分程度で比叡山延暦寺東塔エリアの拝観受付所に到着した。

拝観料を支払い、多くの人々が根本中堂を目指す中、一人西塔方面へと歩く。

もう木々も色づき始めて、紅葉シーズンはさぞかし美しいのだろうと思わせるものがあった。

でも、紅葉シーズンの神社仏閣って、良く分からない観光客が多いので、実は苦手だったりする。

なので11月の紅葉シーズンを避けて、あえてこの時期に来たという面もあった。

私は、観光したいのではなく、お参りがしたいのだ。

東塔から西塔に向かう道には弁慶水があり

その横にはお地蔵様もいらっしゃる。

再びこの地にお招きいただたいたことに感謝してお参りさせていただいた。

そして浄土院へ向かう石段に差し掛かると、工事中だった。

前回こちらにお伺いした際には雪に覆われていたことを思い出したりして。

そしてこの地を歩いていると、脳内にはやはり”Life is Beautiful”と言う曲が再生される。

それは、まるで何かに絶望した際に、この場所に引き寄せられるように。

そして、その地である、浄土院に到着した。

参拝者入口から浄土院境内へと進む。

こちらは、本当に清らかな場所。

他に参拝客の姿が居なかった事も功を奏して、静寂の中、再びこちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。

そしてしばらくこの静寂の地に身を浸していると、内観とでも言うのだろうか?様々な記憶が走馬燈のように駆け巡っては、消えて行った。

その記憶は、美しいものもあれば、思い出すだけでも嘔吐したくなるようなものもあった。

けれども、その記憶というものは、全て曖昧なもの。

全て、自分が色付けた、脚色された、記憶。

その記憶というものを、自身の主観無くして透明なものに、それは即ち、ただ起こった現象として捉えることをお教えいただいたような気がした。

最澄様。

本当に素晴らしいお方だと思う。

最も澄んでいるというお名前の通り、そのお方が残されたお言葉を拝見しているだけでも、自分自身が如何に欲にまみれた人間だということをまざまざと見せつけられて、自己嫌悪に陥ってしまう。

最澄様が比叡山に入山してまもなく書かれたという『発願文』。

その中で最澄様がご自身について書かれた文章は

是に於て、愚が中の極愚、狂が中の極狂、塵禿の有情、底下の最澄、上は諸仏に違し、中は皇法に背き、下は孝禮を闕く。

というものだ。

この地に伺うと、自然と脳内に再生される曲は、こう語っている。

俺は自分が大嫌いだ

地獄へと真っ逆さまさ

天国の“底”をにらむ事しかできなくて

あぁ、人生は素晴らしいだろう

お前にとっては、な

~“Life is Beautiful”~歌詞対訳より引用

本当に美しいものは、自分の醜さや愚かさを正直に捉える姿。

だからこそ、人生は、美しい。

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