常盤の国のニライカナイ~大洗磯前神社にお伺いしました

神社仏閣巡りを始めて早5年以上経過したけれども、未だにお伺い出来ていない場所は多い。

茨城県というのもその一つで、お伺いしてみたいところも沢山あるのだけれども、いかんせん公共交通機関で気軽に行けるところが少ないということもあって、車の運転免許を持っていない私にとっては、なかなか足が向かない場所でもあった。

けれども今回、東北方面の方位取りをしたかったので、東京から東北方面へ行けるツアーはないものかしらん?と探してみたら、茨城県の神社を巡るバスツアーというのを発見した。

あまり気学にとらわれ過ぎてもいけないとは思いつつも、土用期間中だったので間日に出発出来るものを選んだ。

バスツアーの旅ってほぼ1年ぶりだわーと思いつつ。

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朝7時過ぎに新宿を出発して、9時過ぎには最初の目的地、大洗磯前神社に到着した。

大洗磯前神社

菊まつりが開催されているということもあって、境内には菊の花が沢山。

手水で清めた後

狛犬さん達にもご挨拶させていただいて

隋神門を潜る

こちらの神社はアニメ『ガールズ&パンツァー』の舞台となったということで、境内にも大きな絵馬があったりした。

そして拝殿でこちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。

こちらの御祭神は大己貴命様と少彦名命様ということで、この二柱がお祀りされているということを知った際に、まず思い起こされたのは大神神社だったりした。

奈良県桜井市三輪(みわ)町に鎮座。祭神は大物主大神(おおものぬしのおおかみ)(また倭大物主櫛玉命(やまとのおおものぬしくしみかたまのみこと))、配祀(はいし)は大己貴神(おおなむちのかみ)、少彦名神(すくなひこなのかみ)

神話によれば、少彦名神が常世(とこよ)の国に去ったあと、独力で国造りをしていた大己貴神の前に、国造りをともにするため海上より出現した大物主大神(大己貴神の幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)ともいう)を、その意志によって御諸山(みもろやま)(三輪山)に祀(まつ)ったのが起源であるという。

コトバンク 大神神社 より引用

そしてこちらの大洗磯前神社の由緒は

文徳天皇実録によれば、斉衛三年(856)十二月二十九日に突如として海が光り輝き常盤国鹿島群大洗の地に御降臨されました。

その時、里人の一人に神憑りをし「我は大奈母知・少比古奈命なり。昔、この国を造り常世の国に去ったが、人々の難儀を救う為に再びこの地に帰ってきた」と仰せられ、ここに当社が創建されました。

翌平安元年(857)八月七日に官社に列せられ、次いで十月十五日には「大洗礒前薬師菩薩名神」の称号を賜り、現代に至るまで、人々の病理厄難を救う神として篤く信仰されております。

~大洗磯前神社 御朱印紙より引用

一度去られた神が再び舞い降りた場所。

それが大和の国・奈良では無く、関東の常盤の国だったということが非常に興味深かった。

お参りさせていただくと、大黒様のようなカンジで、とても明るいものを感じた。

私は本当に大黒様や恵比寿様がいらっしゃる場所でお参りさせていただくと、いつも目を瞑っていても目の前に灯りがともされているような明るさを感じるのだけれども、今回お参りさせていただいても同様にとても明るいものを感じることが出来た。

そして拝殿裏手に御鎮座されている末社にお伺いする。

と、こちらの鳥居のそばに大黒様と恵比寿様がいらっしゃることに気付く。

拝殿脇には人々の信仰を示すかの如く、大黒様や恵比須様の像が置かれていた。

逆に言えば、それだけ霊験あらたかとも言える。

そして神磯の鳥居へと向かった。

長い石段を降り、振り返ると立派な鳥居を目にすることが出来る。

本来ならばこちらの鳥居からお伺いするべきなのだろう。

そして神磯の鳥居に到着した。

神磯の鳥居

祭神の降臨地と伝わる場所であり、その神々しさは稀に見るものだった。

この風景を見ていたら、何故か昔行った久高島のことを思い出していた。

これは昔行った際に撮影した久高島の朝日↓

久高島 195

これまで多くの海辺に御鎮座されている神社にお伺いしたけれども、今回こちらにお伺いして久高島のことを思い出したのは、こちらが神が「来られた」場所だということもあるのだろう。

生憎曇り空だったので、良い写真が撮れなかったのは、すみません、ということで、興味がある方は是非一度足を運んでみて下さいませ。

バスツアーに参加ということで、時間に縛りがあったので、泣く泣く数分でこの地を離れたけれども、時間があったらずーっと眺めていたいと思える程、素敵なところだった。

そして集合場所に戻るために、再び二の鳥居を潜り

狛犬さん達にもご挨拶させていただき、石段を登ろうとしたら

石段右手方面には鳥居が建立されている池があった。

恐らく昔はこちらで清めてから神社にお伺いしていたのだろう。

そして近くには清良神社なる神社があったけれども、なんとなくお参りは控えた方が良いかと思ったので、会釈だけして通り過ぎた(後々調べてみたら、御霊信仰の御社だと知った、、、)

そして長い石段を登り、なんとか集合時間に間に合った。

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