内宮を後にしてバスに乗車して、外宮に移動。
この時点で既に16時を過ぎていた。けれども、外宮にお伺いするのにはベストなタイミング。と言うのも外宮は12時から15時位にかけては、バスツアーなどの団体客の姿を多く目にする時間帯でもあり、それだけ境内は参拝客で溢れかえっている。
けれども、16時を過ぎるとそういった団体客の姿は無く、ほとんどが個人の参拝客なので、静かにお参り出来る時間帯でもある。
火除橋を渡り、手水で清めさせていただき
鳥居を潜り参道を歩く。
斎館を写真に収めさせていただくと、光が差してきた。
そして御正宮へと歩みを進める。
四至神様にもご挨拶させていただき
古殿地前に差し掛かる。
式年遷宮前には、何度もお参りさせていただいた場所だということで、式年遷宮後にこちらを目にすると、式年遷宮前にお参りさせていただいた当時の感情が蘇ってくる場所でもある。
あの当時は本当に大変だったと今でも思うけれども(←今もそれなりに奮闘しているけれども、それと比較してもやっぱりあの当時の方が大変だった)何とかこうやって生きることが出来ていると考えると、やはり神様や仏様がお守り下さっているのだということを実感せざるを得ない。
そんな感謝の気持ちで一杯になりながら、御正宮へと歩みを進めた。
御正宮へお伺いして、外宮でも御垣内参拝をさせていただく。
対応して下さった神職の方も良い方で、本当に有難い気持ちで一杯になると同時に、お参りさせていただくと、やはり豊受様のいつもながらの懐の大きさに感服しざるを得ない自分が居た。
本当にお優しい。
そのお優しさに応えるためにも、私は私なりに頑張っていこうと感じた訳でして。
そして御正宮を後にして、多賀宮方面へと歩みを進めていくと、三ツ石に差し掛かる訳だけれども、やはり参拝客が少ない時間帯ということもあってか、三ツ石に手をかざしているようなおバカさん軍団に遭遇することもなかったので、一人静かに感謝の気持ちを込めてご挨拶させていただくことが出来た。
そして亀石さんにもご挨拶させていただき
多賀宮方面へと向かう。
式年遷宮の時には、この石段にも行列が出来ていたっけ、なんて思いながら、誰も居ない石段を登り、地蔵石さまにもご挨拶させていただき
多賀宮に到着した。
こちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただく。
誰も居ない多賀宮は久しぶりだったので、これまた嬉しくなっている自分が居た。
そして多賀宮を後にしてお伺いしたのは下御井神社。
式年遷宮の時期にお伺いした際には、クソみたいなスピリチュアルな集団がクレクレモード全開で、こちらのお社に向かって手をかざしていたりした場面に遭遇したことを思い出したりした。
けれどももう式年遷宮から数年経過しようとしている今となっては、伊勢神宮にお伺いしてもそういうスピリチュアルな集団に出会うことが少なくなってきた。
そういうスピリチュアルな集団が少なくなってきていることを意味しているのかも知れないし、はたまた私の波動が変化したが故にそういう集団に遭遇する場面が少なくなってきているからかもしれないとも考えられた。
そして下御井神社でお参りさせていただくことで、その答えのようなものをいただけたような気がした。
その後土宮にお伺いした。
今回もまた伊勢に来ることが出来ました、とご報告がてら、お招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。
こちらの神様はとても親切でいらっしゃり、お伺いする度にまた来たんだねーとおっしゃっていただけるような気がするので、私は外宮でこちらにお参りすることを密かな楽しみとしている訳でして。
そして風宮でもお参りさせていただく。
級長津彦命様、級長戸辺命様にこちらにもお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。
そして気付くと17時を過ぎていて、外宮もたそがれ時を迎えていた。
北御門に向かい歩いて行く。
「たそがれ」という言葉は、薄暗くて向こうから来る人が誰だか分からないという「あの人は誰?」と言う心象を表した意味であり、「誰そ彼は」がその言葉の由来だという。
たそがれ時にお伺いした外宮は、参拝客の少なさもあって幽遠な雰囲気に満ちていた。それこそ数少ない参拝客と思われる人々も、もしかしたら神々が人の姿に成りすまし外宮で参拝しているのではないかと思わせる程の。