人を褒めることは自分を褒めること~三面殿・大雄山最乗寺にお伺いしました

いよいよ結界門へと向かう。

この結界門から道了大薩の浄域。

結界門前には三本の橋がかかっており、中央には御供橋、そして両脇に圓通橋が並行している。この中央の御供橋は白装束を身にまとった修行僧が道了様へのお供えをする時に使用する為の橋ということで、普段は通行する事ができないようになっていた。

なので圓通橋を渡りながら不動堂方面へと目を向けると、それはとても素晴らしい風景だった。

橋を渡り、結界門前に到着すると、突如として光がパーッと差してきた。

結界門

本当に結界門という名前に相応しい光景だなぁと、感激のあまりしばし門の前に佇んでしまった。

そして石段を登り、お守りされている天狗さん達にご挨拶させていただく。

今にも動き出しそうなくらい、生きている感覚がありありと伝わってきた。

そして結界門を潜ると、やはり空気感が違って感じられた。

多くの人々は結界門からすぐ見える御真殿へと向かう石段方面へと向かっていたけれども、私は、そのまま呼ばれるように三面殿へと歩いていた。

三面殿

三面殿は三面大黒天(箱根明神・矢倉明神・飯沢明神の三明神が一体に刻まれている)を奉安しているお堂。

御守りされている狛犬さん達にもご挨拶させていただく。

こちらの狛犬さんは子供を抱えている珍しい狛犬さんということ。

そして靴を脱いでお堂の中にお邪魔し、お線香とロウソクを手向けて、こちらにお招き頂いたことに感謝してお参りさせていただいた。

すると、その偉大な神様からは、人をもっと褒めていくようにとのお言葉を頂戴した。

人を褒めるということは、自分自身を褒めるということと同等であり、人が行った良い行いについて褒め称えるということは、巡り巡って己自身に返っていくということを。

そして三面殿近くのお守り等授与所でお御籤を引かせていただいた。

お御籤は大吉だったので単純に嬉しい気持ちになったのだけれども、それ以上にそのお御籤に書かれている内容を読んで、本当に見透かされているような気分になってしまった。

そのお御籤には

いままで通りに続けていけば全く安泰な時です。

むしろこころで新しい変化を求めたり軌道修正をするとよい結果は得られません。

平凡に見えてもその堅実さが平和な日々を約束します。

と書かれていた。

実は最乗寺にお伺いする数日前にとても魅力的な仕事のオファーをいただいていた。

そのPayの良さや好待遇に思わず心揺れ動いていたのだけれども、反面、この仕事を受けるとなると今まで通りに神社仏閣に頻繁にお伺いすることや、こうやってブログを書いたりする時間が無くなってしまうのも事実だった。

気学的にも、今の時期は動くべきでは無い時だということは分かっていたけれども、ここまで好条件のオファーに出会ったことが無かったので、自分自身の欲が浮き彫りになったような形で、その欲と葛藤している自分が居た。

けれども、今回最乗寺の三面大黒天様からいただいたお言葉や、そしてお御籤の内容を考えるとやはりこの仕事のオファーは受けるべきではないと確信することが出来た。

今与えられている環境や回りの人々に感謝することこそが、今の私には一番必要なことなのだろうと思いつつ、三面殿を後にした。

そして奥の院へと向かって行った。

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