【エコバッグ4枚目】今年も蔵王権現様にお会いしに金峯山寺へ

本当にありがたい。

今年も蔵王権現様の御開帳の時期に吉野に来ることが出来た。

思い起こせば3年前、石上神宮の朝拝に参列させて頂いたあとに、橿原神宮にお伺いした。

奈良に行くならば吉野にも行ってみたいなぁという気持ちはあったけれども、丁度4月中旬の桜が見頃のベストシーズンということもあり、吉野の人出の多さに辟易とする自分が容易に想像出来たので、当初の計画では吉野に行くつもりは無かった。

けれども、橿原神宮で引いたお御籤には「南に行け」と書かれており、これはやっぱり吉野に行かなくてはならないのではないか?と思い、突発的にお伺いしたのが始まりだった。

そして初めて御開帳されている蔵王権現様のお姿を拝見した時には、涙が止まらなくなった。

それ以来、毎年GWの時期にこちらにお伺いしている。

私には行ってみたい土地や神社仏閣は沢山あるけれども、いくら行きたいと思っていても、やはりご縁が無いとお伺いすることは出来ない。

ご縁というものあるのだろうと思うのだけれども、吉野には今回もこうやって御開帳の時期に来ることが出来た。

脳天大神様のところには、後ほどお伺いすることにして、修理中の仁王門を潜る。

そして約一年ぶりに金峯山寺に到着。

受付で「吉野山・蔵王堂秘仏拝観券付割引きっぷ」の拝観券と引換に入場券をいただき、蔵王堂の入口で入場券を見せると、エコバッグと蔵王権現様のお札をいただけるので、このエコバッグに自分の履いていた靴を収めて、堂内にお邪魔した。

蔵王堂の中に入ると、目に飛び込んでくるのは、目にも鮮やかな蒼い蔵王権現様のお姿。

お賽銭を収めて、正座をして姿勢を整え、再びこちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。

やはりお姿を拝見するだけで、自分の中の何かが感応するかの如く、自然と涙目になってしまう。

人は悲しい時にだけ涙するものではなく、とても美しいものや荘厳なものに触れた時にも、思わず感激のあまり、涙してしまうものではないだろうか?

そういう感性が自分の中にまだ残っていることを、こちらにお伺い度に、ありありと感じることが出来る。

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そして発露の間にお伺いしようとしたら、役行者様がお祀りされているところ(=祖師壇)に大勢の人々が座っている姿を見た。それは午前11時から行われる護摩祈願を待つ人達だった。

私がこれまで金峯山寺にお伺いしたのがお昼すぎだったということもあり、金峯山寺の御護摩を見る機会が無かった。けれども、誰でも参列出来るということで、今回、これも何かのご縁だと思い、私も参列させていただくことにした。

今年は不動明王様の年ということもあるのか、はたまたご縁があるのか、御護摩に参列させていただく機会が多いなぁと思いながらも、その多さ故に諳んじることが出来るようになった不動明王様の御真言や般若心経などを僧侶の方と唱えさせていただく(まぁ正確に言えば、金峯山寺の不動明王様の御真言は真言宗のとはちょっと違うのだけれども)

唱えながらも、役行者様の方を見つめると、その瞳からは生きているかの如く光を放っている様に感じた。

これは単に御護摩の炎が反射しただけと感じるのか、はたまた御護摩に感応されて役行者様自ら光を放たれていると感じるのかは、人それぞれなのだろうけれども、私は後者のように感じてしまった訳でして。。。

そして約1時間程で御護摩が終了し、御護摩を奉じていた僧侶の方の説法を拝聴することが出来た。

この説法が素晴らしすぎた。

御護摩の効力は行者の力によるものが大きいということを包み隠さず述べられていたり、ご縁というものの大切さについてお教え下さった。

そして何よりも目に見えない世界の重要性を懇切丁寧に、参拝客に説明しているのを聞いて、これまた悲しくもないのに、涙がどーっと溢れ出ている自分が居た。

その説法は朴とつとしていて、訓練された落語家のような流暢な僧侶の説法を聴きなれた身にとっては、たどたどしく感じてしまったというのは正直なところだった。けれどもこの説法を聞いている人々全てに対して、見えない世界についての重要性を説いている姿に、私はただひたすら感動していた。

結局は全身全霊で何かを伝えたいと言うひたむきな想いこそ、人の心、即ち魂を揺さぶるものではないのかと。

ありがたい説法を拝聴させていただいた後、発露の間にお伺いして、再び蔵王権現様と対峙する時間をいただくことが出来た。

毎年こちらにお伺いして、蔵王権現様と向き合う時間を持てることの幸せに、やはり涙している自分が居た。

そして、蔵王権現本地堂へ。

こちらは蔵王権現様の本地仏である釈迦如来様、千手観世音菩薩様、弥勒菩薩様の三尊がいらっしゃるところ。こちらでも再びお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。

そしてこちらでも先ほど祖師壇で御護摩を奉じていた僧侶の方が説法をされていたのでこちらも拝聴させていただいた。

結局、金峯山寺には2時間程滞在するような格好となってしまった。

逆に言えば、それほどまでに良いお寺さんだとも言える。

お守り等授与所では、前回見かけなかった五條覚澄法主様の書籍『霊話 不思議』と言う御本を発見したので、これまた躊躇なく購入させていただいた。

そして蔵王堂を後にした。

その後境内にある観音堂、愛染堂にもお参りさせていただき

威徳天満宮でもお参りさせていただいた。

そして脳天大神様の元へと向かった。

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