『憑きもの持ち迷信~その歴史的考察』を読んだ

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神社仏閣巡りが趣味になった当初は、「お稲荷さん」というと、ネガティブなイメージしかなくって、有名な神社等でもお稲荷さんが祀られているところは何となく避けていた。

けれども、最近ではお稲荷さんでも良いと思ったところにはお伺いしているし、逆に何でネガティブなイメージがあるのか、自分で調べるという作業をやっている。ネット上の情報は参考にしない、という方針で。ネット上のいわゆる「何でも分かっている人」の発言ほど、危険なものは無いと思っているので。

憑きもの持ち迷信~その歴史的考察

迷信とは

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『憑きもの持ち迷信』という本を読んだ。これはお稲荷さん信仰に対して考察されたものではないけれども、いわゆる「狐持ち迷信」について書かれた本。

日本の迷信として挙げられるもののひとつに《狐持ち》の迷信がある。この考え方は、近世の中期のころ、出雲地方で現れ、やがて伯耆・隠岐島前地区に伝わっていった。

《狐持ち》の迷信とは、「狐持ちの家系の人はキツネの霊を駆使して人を呪う」と信じている迷信のことである。「狐霊というのは人に憑いて憎む相手を病気にしたり、呪いをかけたりすることができる」と信じられてきた。

《狐持ち》とされてしまった家系の人は、この迷信のため差別され、自由な結婚も認められないなどの苦痛を味わった。この迷信は根強く、現在でも忌み嫌われている地方があるほどである。
Wiki 迷信 より引用

著者は、「私は狐持ちの家の子であります。だから、この本をどうしても書かずにはおられません」と、本の冒頭に書いているように、著者は狐持ちの家筋と言われている一族の方だ。

この本は、その当事者サイドからの発言であるということも考えると、とても貴重な本だと思う。それを証拠に、柳田国男先生が弟子でもない著者のこの本に対して、序文を書かれているという、異例の扱いも受けている。

迷信打破の必要性

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photo credit: jumbo185usa via photopin cc

最初は著者が何故この本を書かなければならないのか?といったことが書かれているのだけれど、著者が『狐持ち迷信』の研究をしていくうちに、新聞に取り上げられ、講演に招かれるようになった時に起きたエピソードが興味深かった。

しかし、一方、狐持ち迷信のおかげで食べている連中には、相当手痛い打撃であったらしく、狐持ち落としの祈禱を業としている祈祷師から、

「狐持ち迷信の科学的研究などと言ったところで、かえって迷信を強調することになり、それを助長するに過ぎないだろうから、これ以上の研究発表を行わないで、時の流れにまかした方が効果的である」という間接的な抗議や、

さらには「狐持ち迷信の研究発表によって、祈祷師を弾圧せよという世論が喚起され、これによって、我々祈祷師の最大の収入源を失う結果となる心配がある。こうなっては、まさに、祈祷師の生活権を脅かす大問題である」という露骨な脅迫的投書までが、十数通舞いこんできました。

全くとんでもない生活権もあったものですが、それほど多くの祈祷師が、狐持ち迷信を食いものにしていることを知って、今さらながら、迷信打破の必要性を痛感しました。

この本が書かれたのは昭和28年(西暦1953年)、今から60年以上も昔の話なのに、こういう目に見えない世界で商売している人が無くならないという現状は同じなんだな、と思ってしまった。

日本の民俗学からみた視点

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photo credit: Wolfie Fox via photopin cc

そもそも日本の民俗学は、狐持ちその他の憑きもの持ち迷信をどんなふうに理解しているかというと

狐とか、犬神とか、蛇とか、外道とかいう小動物が、特定の人々に使われて、その人に幸福をもらたすとともに、他の人々に危害を与えるという考え方の底流をなしているのは、保護精霊的思想である。

すなわち、一族一家を守護する精霊の「おさき」としての、狐とか、犬とかの動物が、守護神として祠られていたのが、動物より人間が高いと考えられる時代となって、その信仰が衰え、古い観念としての保護精霊の観念が残存して、憑き物が形成された。

そして、憑きもの持ちの家筋が形成されるには、人々の病気や不幸などにつけこんで行われた祈祷師の媒介が大きな役割を占めている。したがって、これらの迷信の撲滅には、迷信の形成過程を大衆に理解させるとともに、各種の祈祷師を弾圧し、同時に、憑きもの病を取扱う医師の、精神病理学の立場における積極的な強力を必要とする。

というのであり、迷信の変遷の実態を科学的に把握することで、「何故この迷信が今日まで生きながらえてきたか」という根本的な問題を解明することができるのではないか?と著者は述べていた。

憑きもの持ちの一般的性格

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photo credit: Arctic Wolf Pictures via photopin cc

本を読み進めていくうちに、憑きもの持ち迷信の指定は、村の成り上がりもの、新興成金、村のきらわれものに対して向けられる、一種の村八分的なものであるということと、憑きもの持ちの迷信の成立は、常に財産所有の状態の変化があるという事が分かる。

いわゆるお稲荷さんにお参りすると、お金を授けてくれるけれど、お礼をしないと回収に来て没落してしまう、という話も、この辺りから来ているものか?と推測することもできるわけで。

憑きもの持ちの一般的性格については、以下のように書かれていた。

一、 憑きもの持ちに指定されるものは大体新興成金であり、憑きもの持ち指定は、村八分的性格を持っています。

一、 憑きもの持ちは、特定の小動物を使役して自己の利益をはかり、他人に害悪を与えるといわれています。

一、 憑きもの持ち迷信には保護精霊的な思想が底流しており、憑きもの憑きの状態になるのは、催眠術にかかるためであります。

一、 憑きもの持ちの名称の差異は、保護精霊の名称の差異によります。

一、 憑きもの持ちの家筋は、特定の社会経済的発展段階に達して、形成されます。

狐持ちの実態調査

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狐持ちに指定された家々には、時代の先取りをした進歩的農家が多いことも述べられていて、それを示すものとして、島根県のある村での事例が紹介されていた。

今日、現に狐持ちといわれている家は、大抵その地方の金持ちが多いが、昔からの言い伝えによると、ある家の先祖は大変貧乏で紙屑買いをしていた。

ある日のこと、仕事の途中に狐が出てきて、自分を大切にしてくれるなら、金持ちになる方法を教えてやろうと言った。そこで頼んだら、枠をこしらえて売り歩け、と言った。その通りに枠をつくって毎日売り歩いたら、大変もうかり、すぐに金持ちになって、地方の豪家といわれるほどになった。

ところが、狐へのお礼を忘れていたので、怒った狐はその家から永久に離れなかったので、狐持ちといわれるようになった。

この話は、狐にお礼をしなかったからだよ、と言うことが言いたいのではなく、この中で、金持ちになる方法として、枠を作ったということが、注目すべきところなのです。

枠というのは、恐らく糸を巻き付ける道具であり、綿操り用の車のことではないか?と言われています。そして、綿布造りで必要となる枠は、農作物以外の副産物も生産できると言う事で、飛ぶように売れていき、枠を作った人は、世の中のニーズを満たすものを作る先見の目があった人とも言える訳で。

そしてお金持ちになる訳だけれど、それを快く思わない人々も出てくるというもので。。。

狐持ち家筋発生の秘密は、近世中期以降の封建社会、封建制下の農村の社会経済状態の中に秘められているのであります。

それは、一口に言って、彼らが、江戸中期、すなわち、元禄、享保頃における、滔々たる貨幣経済の農村浸透の波に乗って、農村に移住し、あるいは商業資本家として、あるいは高利貸資本家として活動し、農民の手から土地を奪って、中間搾取者たる新興地主となり、旧来の農村の階級構成を変動させたことに対して、彼等に土地を奪われた農民たちと、従来の指導的立場から蹴落とされた土豪たちの恨みが結集して、迷信という幼稚なイデオロギー(観念形態、思想)の形をもった意識上の反発と排斥とが、彼等を狐持ちという特殊家筋たらしめたのであります。

狐持ちという迷信の外皮をまとった、近世農民の、支配階級に対する反抗運動に他ならなかった、とも述べられていました。

憑きもの信仰の変遷

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ただ単に、お稲荷さんにお参りすると、願いは即効叶えてくれるけれど、サラ金のように利子をつけて返済を求められる、という説を信じている人も多いと思う。

けれども、どうしてこういうことがささやかれるようになったのか、調べてみたいという気持ちがあって、今いろいろな本を読んでいるのだけれど、ここにちょっとヒントがあるような気がした。

大昔には、古代人の日常生活上大変密接な関係にある動物が、特定の氏族の守護動物として祠られていました。このような信仰段階は、社会が未発達で、誰もが平等な原始共産制の社会から、家父長制社会に入ったばかりの頃で、財産共有の観念がまだ濃厚に残存しており、他民族を排斥したり、攻撃したりする必要もあまりありませんでした。実際生活のこういった関係が当時の人々の意識の上にも反映して、氏族の守護動物も決して他氏族に害を与えるような悪神ではなく、むしろ、幸福をもたらす善神の性格をもっていました。

ところが、社会の生産力が発展して人工も増加し、他氏族と競争し、その犠牲において自氏族の利益をはかるようになると、私有財産の観念をもまた次第に発展して行きます。こういった関係が、守護動物の信仰にも反映して、守護動物の性格に、自氏族のため、他氏族にとり憑いて害を与え、その犠牲において自氏族に幸福をもたらすという傾向が現れてきました。ここに、善神が悪神に転化する原因があったのです。そしてまた、これらの信仰は、古代人や中世人のいだく病気や種々の不幸や天災の原因が、神や妖怪の仕業であると考えることによって、より強められたでありましょう。このようにして守護動物は、やがて善神としての位置から転じて、妖怪変化的な憑きものとなり、それを祠る人の利益のために、他人に憑いて害を与えるという憑きもの信仰が生まれたのであります。

私は、昔の人が無知だったから、世の中に溢れている罪や禍事は全て神や妖怪の仕業だったと考えていた、とは考えてはいないけれど、それだけ守護動物に対しての敬意というものもあったと考えられる。

学生の時のクラスメイトで、夜中に野良猫がニャーニャー泣いていて五月蠅かったから、バケツの水をかけてやったら逃げていったと、自慢げに話していた子が居たことを思い出したりした。そういうことすると、どうなるか、という想像力は、現代の人よりは昔の人の方が長けていたからこそ、動物が憑りついて人に害を与える、ということが想像できるのだろう。。。

狐持ち誕生と村八分

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photo credit: merwing✿little dear via photopin cc

今日においてすら、農村では何か変事や病人でもあれば、直ぐ「おがんでもらう」のが普通で、祈祷師は、昔に変わらず信用されている、と書かれていた。これが昭和28年に書かれたものだから、60年程前までは、「おがんでもらう」という事は、現代よりも日常的に行われていたと想像できる。

「家に病人ができたのは?家が貧乏になったのは?家が焼けたのは?子どもが死んだのは?……そら行け祈祷師の所へ」と人々は、その災厄の原因を求めずにはいません。

~中略~

このように、病人に狐が憑いたにちがいないと断定して、祈祷師や近親知人が、交代で病人を打擲(ちょうちゃく)し、一体どこのおやかたからきたのか、白状せよと折檻すると、苦痛にたまりかねた病人が、某某家からきた狐であると言わざるを得なくなってしまいます。これは催眠術家の祈祷師によって、暗示を与えられたためであることはもちろんですが、平素、病人がねたましく思ったり、恨みをいたいている人や、世間で一般的な恨みとねたみとの対象である家の名が、高熱の病人の疲労しきった頭に、暗示とともにひらめいて言ったことでしょう。そして、恨みとねたみとの対象になる家は、ほとんどが、新来の新興成金であり、高利貸であり、農民にとっては、何よりも大事な、唯一の生産手段である土地の、収奪者である新興地主の家であったのです。

農民たちをいじめつくし、田畑をとりあげては金持になって行く、避難と嫉妬との的である新興地主たちの名は、期せずして、祈祷者の暗示によって、病人の口を通じて出てきました。
「そうだ!それにちがいない。全くその通りだ。あいつのためだ。あいつが狐を使うのだ。狐を使うからこそ、新参者のくせに、一代かそこいらで、あんな大財産家になれたんだ。俺もとられた!お前もとられたのか大切な田畑を……。それにもあきたらずに狐を使って人を病気にさえするんだ。にくい奴だ……あいつの家は狐持ちなのだ……」と農民たちの声は声を呼び、怨嗟と嫉妬が炎と燃えて、村中はもちろん、近郷近在へと拡がって行きます。ここに一人の地主が、狐持ちにされたのです。

この狐持ちを誕生させるプロセスが、西洋の魔女狩りにおいて、魔女として認定させるプロセスと似ているのが、何とも不気味だなぁ、、、と思ってしまったのでした。

まとめ

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お稲荷さんについて調べたくって読んだ本でしたが、お稲荷さんというよりも、日本の民俗学について学ぶことが多かった本でした。

ただ単に、何でお稲荷さんって悪く言われるんだろう?と思って調べ始めたんですけど、なかなか奥が深い世界なので、まだまだ調べることが沢山ありそうです。。。嵌ったな(爆)

憑きもの持ち迷信

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