拈華微笑~吉水弁財天にお伺いしました

旅の二日目。

京都駅に着くと、日曜日の朝9時台とは思えない程の人の少なさ。

今ならば、京都市内のどの神社仏閣にお伺いしてもゆったりとお参り出来るのではないのかと思ったけれども、それはやはり本来の目的には沿わないことだと判断し、予定通りにいつものところにお伺いして日中の時間を過ごす。

そして伊丹空港行きのバスの時間まで2時間程時間が出来たので、東山付近をお散歩することにした。

東山駅に降りたつと、やはり外国人観光客の姿は少なく、円山公園方面へと神宮道を歩いてみた。

以前お伺いした際には人でごったがえしていた青蓮院門跡も、数える程しか人はおらず

人の少ない京都というのは、ゆったりとした心地の良い気に満ちている場所なのだということを感じることが出来た。

知恩院前も、ほとんど人が居なかった。

そして円山公園を歩いていて、何となく気になった方向へ歩いて行くと気になるお社が。

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吉水弁財天

ここに弁財天様がいらっしゃるとは露知らず、これも何かのお導きなのかと思いお参りさせていただくことにした。

こちらは安養寺の境内飛び地であるということで

 別に総門の南側に境内飛び地があり、慈円が勧請したという弁財天を祀る弁天堂が建つ。「円山の弁天さん」と呼ばれ、祇園花街の人々から技芸上達の信仰を集める。

弁天堂の傍らにはこの吉水の地の名前の由来となった「吉水井(よしみずのい)」と呼ばれる涸れた井戸が残されている。かつては慈円が「閼伽(あか)の水」とした名水で、青蓮院の儀式にもこの水を使うしきたりがあった。

名匠で知られた三条宗近(粟田口吉光とも)がこの吉水で刀を鍛えたとの伝説も残る。

また、弁天堂の背後には高さ3メートルの石造宝塔があり、慈円僧正塔(慈鎮の塔)と伝える。鎌倉期の様式を留めた国指定の重要文化財で、塔身に釈迦如来と多宝如来の両如来を浮き彫りする。

Wikiより引用

安養寺は最澄様が創建されたお寺だということを、今回この地に訪れて初めて知ることができた。やはり歩いてみないと分からないことが多いと実感した次第で。

そして、こちらの弁財天様の御真言はオンサラスバティソワカ、なのかと確認し

こちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。

こちらの弁財天様はとてもお力のあるお方だと、お参りさせていただいて感じた。

けれども、具体的に述べることは控えた方が良いのだろう。

拈華微笑という言葉ではないけれども、実際にお参りさせていただいて、神仏より伝わるものを感じ取るというのが、神社仏閣へお参りさせていただく醍醐味の一つではないのかと。

拝殿裏には宇賀神様もお祀りされていたけれども、恐れ多くて写真に収めることは控えた。

慈鎮和尚宝塔

こちらの弁財天様は、慈鎮和尚が比叡山から寺の鎮守として勧請したという。

私は全くもって不勉強なので、慈鎮和尚というお方のことを知らなかったのだけれども、歴史書『愚管抄』を記したことで知られる慈円(じえん)であり、諡号が慈鎮和尚(じちん かしょう)であるということだった。

慈鎮和尚について調べると、父は摂政関白・藤原忠通、母は藤原仲光女加賀、摂政関白・九条兼実は同母兄(弟)であるということ。そして、青蓮院に住し法性寺、無動寺などを兼管し、天台座主職につくこと四回に及び、親鸞聖人得度の戒師といわれることを知った。

そしてお堂右側後方には弁財天様がいらっしゃるにふさわしい、水の気配。

吉水の井

この地は法然様が比叡山を下りて、草庵を結んだ地だということ、そして法然様がこの井戸から水を汲み、仏に供えたことから法然上人閼伽の水という名が付いたと言われているそう。

そして右側奥にはお滝場があった。

こちらにお招きいただいたことでまた一つ、学びをいただけた。

拈華微笑。

何かを感じ取りたいと思うのならば、やはり実際に自らの手でつかみ取らなければならないということを。

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