鶴岡八幡宮から杉本寺に向かう道すがら、荏柄天神社の鳥居を発見した。杉本寺にお参りした後もこの前を通った。観音めぐりの最中だからスルーしようかと思ったけれども、やっぱり気になるのでお参りしていくことに。
参道をまっすぐ歩いていくと、鳥居のような木があった。
荏柄天神社
すごいなぁ、と思いつつ、鳥居を潜る。
荏柄天神社というのは
当社は、古くは荏柄山天満宮とも称されました。荏柄の社号は、天平7年(735年)の『相模国封戸租交易帳』などに見える「荏草郷」の”えがや”が後に転じて”えがら”となり、「荏柄」と表記されたものと考えられています。
また、長治元年(1104年)晴天の空が突如暗くなり、雷雨とともに黒い束帯姿の天神画像が天降り、神験をおそれた里人等が社殿を建ててその画像を納め祀った縁起に始まります。
関東を中心に各地に分社をもち、福岡の太宰府天満宮、京都の北野天満宮と共に三天神社と称される古来の名社です。
治承4年(1180年)鎌倉大蔵の地に幕府を開いた源頼朝公は当社を鬼門の守護神と仰ぎ、更めて社殿を造立されました。以後、歴代の将軍家を始め、鎌倉幕府の尊社として篤く崇敬され、「吾妻鏡」には二代将軍頼家が大江広元を奉幣使として菅公300年忌を盛大に執行された事など、社名がしばしば記されております。
この様に中世より特に崇敬された当社は、足利、北条、豊臣、徳川の各氏によっても守られ、さまざまな寄進を受けて近世にいたりました。
現在では学問の神、正直者、努力を重ねるものを助ける神として年間多くの方々が参拝され、社殿はいつも「祈願」「お礼」の絵馬で覆われています。~荏柄天神社HPより引用
ということで、三大天神と言われているお社だということを全く知らなかった。。。
手水舎
手水で清めて境内に入ると、多くの参拝客でにぎわっていた。
親しみやすい神社というのが第一印象。
拝殿
拝殿でこちらにお招き頂いたことに感謝してお参りさせていただいた。
そして社務所で御朱印を頂戴して、こちらでもおみくじがあったので、引かせていただく。
こちらのおみくじはちょっと珍しい。
三択おみくじというもので、シャカシャカ棒を振ると、「天神様」、「梅」、「牛」と書かれたものがシャカシャカ棒から出てくる。その出てきた棒に書かれていた箱の中からおみくじを引かせていただくというもの。
こちらでも今の状況をバッチリと言い当てられる御神託をいただいて、思わずのけぞる(爆)
そして再び境内散策。
かっぱ筆塚・絵筆塚
154人の漫画家によるカッパのレリーフが付けられているという絵筆塚は見ているだけで楽しめた。
そしてこちらのお社で圧倒的な存在感を放っているのがこちらだった。
大銀杏
思わず手を合わさずにはいられなかった。
そして、ちょっと気になったところがあったのでお伺いする。
熊野権現社
立ち入り禁止と書かれたその場所からは、神魂神社と似たそれを感じた。
後で調べてみたら、こちらの御祭神は熊野三柱神(伊弉諾尊、伊弉册尊、天鈿女命)ということだった。当たり前っちゃー当たり前だったのかも。
何気なく気になってお伺いした神社だったけれども、とても良い神社だった。
正直者や努力を重ねる人を助けてくれる神社ということで、何となく努力が空回りしているように感じている時にお伺いするといいところかもしれない、ナンテ思ってしまったのでした。