のんびりした道を歩いていると突如として現れる・綏靖天皇葛城高丘宮跡~葛城古道を歩く【その4】

楢原休憩所周辺

九品寺から葛城一言主神社を目指して歩く。

楢原休憩所周辺2

水田を多く見かけ、この地が高天原の伝承地近くということを意識させるものがあったりした。

楢原休憩所周辺3

楢原休憩所周辺4

人とすれ違うこともなく、ただ黙々と歩いていくと、楢原休憩所に辿り着く。

ちょうどお昼時ということもあって、先ほどコンビニで購入したおにぎりを食べることにした。

楢原休憩所周辺5

この休憩所から眺める景色がとても美しかった。

楢原休憩所周辺6

雨の日でもこれだけ美しいのだから、晴れた日ならば尚更だと思ったりして。

楢原休憩所周辺7

そして、再び歩き出すと見慣れないものが出現する。

楢原休憩所周辺8

イノシシ等の防止柵というものを初めて見た。。。

楢原休憩所周辺9

スポンサーリンク

そしてこのイノシシ防止柵を通り過ぎると、綏靖天皇葛城高丘宮跡という碑を発見する。

綏靖天皇葛城高丘宮跡

楢原休憩所周辺10

第二代綏靖天皇の皇居だったところということだけれども、その面影は全く無かった。

綏靖天皇は神武に次ぐ第二代の天皇で、その存在については疑問視されています。

しかしながらこの辺りは葛城襲津彦の子にして第十六代仁徳天皇の皇后である磐之姫の古郷と言われ、古事記には磐之姫が熊野に行っている間に天皇が八田若郎女を宮中に入れ遊び戯れている話を知り、大いに怒って(磐之姫は嫉妬深いことで有名)宮中に帰らず、堀江を遡って山代へ向かい、更に奈良山の手前まで行き次の歌を詠んだとされます。

「つぎねふや 山城川を 宮のぼり わがのぼれば あおによし 那良を過ぎ をだて 大和を過ぎ わが見がほし国は 葛城高宮 吾家のあたり」

いずれにしてもこの地が古代の天皇家と深い関わりがあったのではないでしょうか。

御所市 観光HPより引用

そしてあぜ道を進んでいく。

楢原休憩所周辺11

楢原休憩所周辺12

のんびりとした風景。

普段目にすることの無い景色だから新鮮に感じるけれども、果たしてここでずっと暮らすとなると、私は暮らしていけるのだろうか?などとちょっと不謹慎なことを思いつつ歩く。

楢原休憩所周辺13

楢原休憩所周辺14

楢原休憩所周辺15

そしてやっと葛城一言主神社に辿り着いたのだった。

葛城一言主神社1

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.