今回旅のプランニングをしている際には、意図して檜原神社にお伺いしようとは考えていなかったけれども、何故か足は檜原神社に向かっていた。
山の辺の道も早朝ということもあってか、歩いている人は殆ど居なかった。
途中光っているようなカンジがしたので、そちらに立ち寄ると貴船神社が御鎮座されていた。
大神神社 末社 貴船神社
神社の古い記録に、ご本社の大神祭(卯の日神事)の時には、必ずこの神社にもお供えを上げて祝詞を奏上したとあり、丁重に祀られてきました。
と書かれていたこともあり、こちらのお社の重要さを知る。
そして、こちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただく。
山の辺の道のこちらの付近は「水」をとても感じる場所なので、こちらに貴船神社が御鎮座されているというのが十分理解できる訳なのだけれども、こちらが「明」を感じる場所だとするのならば、こちらのお社の近くある「あるところ」には、異様な「陰」を感じてしまい、私はどうしても足が向かないのだったりする。
もちろん大神神社の境内案内図などにも示されていない所なんだけれども、何だか迂闊に近づくと、とても危険なような気がしてしまって。。。(→あくまでも私が感じるだけなので、お気になさらずに)
そちらはスルーしつつ、歩みを進めると
玄賓庵に差し掛かる。
玄賓庵
檜原神社から戻って来たら参拝させていただくことにして、てくてく歩いて行く(ちなみに玄賓庵は本当にとっても良いお寺さんです)
そして狭井神社から歩く事20分程度で、檜原神社が見えた。
山の辺の道からそのまま入ると神社の脇から入る格好となってしまうので、正面へ向かう道を辿り、檜原神社正面に到着した。
大神神社 摂社 檜原神社
こちらは
摂社の檜原神社は倭姫命が天照大神を磯堅城の神籬を立てて磯城の厳橿の本にはじめて宮中の外に祀った「倭笠縫邑」の地であると伝えられ、元伊勢の始まりの地となっている(垂仁記二十五年三月条)。
また、作者不詳の能「三輪」ではキリ(終りの部分)の歌に「思えば伊勢と三輪の神。一体分身の御事。いわくら(磐座・言わくら)や」の言葉があり、伊勢神宮の元であることが伺える。
~Wikiより引用
という神社で、元伊勢と呼ばれているところでもある。
手水で清めて
こちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。
この神社はとても重要なのだということを、今回再びお参りさせていただいたことにより、再認識した部分が大きい。
天照様がお祀りされているということもあるし、三輪と言う土地に来たのならば、こちらにもお伺いしておかなければならなかったのだと思えて仕方がなかった。
私にとっては神様、そして御神気をダイレクトに感じられる場所だった。
多分、分かってくれる人は、分かってくれると思いつつ。。。
そして社務所にお伺いして御朱印を頂戴すると、私の御朱印帳に書かれた大神神社と狭井神社の御朱印を見た神職の方から、山の辺の道を歩いてきたんですねーと声をかけられた。迷いませんでした?など、親しく話しかけて下さる神職の方の応対に、思わず心和む自分が居た。
嬉しいなぁと思いつつ、拝殿を見ると、私が参拝する前からずっと祈っていた、明らかに「一般人」とは思われない人は、まだ祈りを捧げていた。
こちらは、そういう人が集う場所なのであろうと思いつつ、確かに感じる人には感じれられる御神気が、こちらの神社には漂っている(ような気がした)