そろそろ遠出の旅をしようと計画を立てていた。飛行機に乗れないと行けないような場所が良いなぁって思って、沖縄か九州に行く事を考えていたけれども、先週偶然ブラタモリを見て、出雲に行かなくては!と思った。
出雲には2年前に行ったけれども、0泊3日の弾丸バスツアーという代物だったので、時間に追われながらの参拝となってしまったことが心残りだった。なので今回はリベンジということで、出雲に行くことにしたのだった。
とは行っても、旅行に出るのはまだまだ先なので、今は旅のプランニングをしているところ。出雲大社のガイドブックやら、出雲大社に関する本を読みまくっている。
個人旅行の醍醐味は、自分で行きたいところに自由に行く事ができること。イロイロ調べなくちゃならないことも多いので、面倒くさいと言えば面倒くさいのだけれども、私はこの旅行前の計画を立てている時が、実は大好きだったりする(笑)
神社についてのガイドブックで、一番好きなのは中野晴生さんが写真を撮られているもの。
私が3年前に伊勢通いをした際にも、一番参考になったのは『伊勢神宮ひとり歩き―神の森のヴィジュアルガイドブック』という本だった。
この本を読んでいるだけで、伊勢神宮に参拝したような気分になれて、憧れが高まってきた本だった。
それは、見ているだけで心を打つような写真が散りばめられているからなのかもしれない。
中野晴生さんは出雲大社のお写真も撮られている。今日は中野晴生さんが写真を撮られている『出雲大社 (楽学ブックス)』というガイドブックを手に入れた。
このガイドブックに掲載されている稲佐の浜を見たら、写真からとても神々しいものを感じてしまった。
写真も美しいのだけれども、ちゃんと境内外の摂社・末社についても書かれているし、出雲の神々をめぐるという章では、八重垣神社や須佐神社などについても詳しく書かれていた。
そしてこのガイドブックの大国主大神さまについて書かれていたこの言葉が身に沁みた(文章を書かれているのは中野晴生さんではない方なんですけどねー笑)
究極の時に臨んで争いを回避し権力も財も譲ることのできた大国主大神は、魂の大人なのだ。
評価も金も物も「もっとくれ」と欲しがり、争い、背伸びをし、自分を主張したがるのは、子供のすること。試練を乗り越え大人になった時、大自然や神といった大きな働きによって「生かされている」ことを知る。人生というのはそんなものだろう。
出雲に行くなら、そんなことを意識しながら、参拝していただきたいと思う。
きっと出雲の神はあなたに「円満力」を授けて下さる。
出雲大社 (楽学ブックス) より引用
この言葉が身に沁みるということは、私も大人になったということなのだろう。
「生かされている」ということ。
歳を重ねるたびに、今まで生きてこられたことが、とても凄いことだということに気付かされる。若い頃は自分一人で生きているような気になってしまうことが多かったけれども、最近は目に見えない何かによって、守られていて、こうやって、私は今も生きているとしみじみと実感できる。
「生きていること」それがどれだけ奇跡なのかということに、若い時にはわからなかった。
大人になった今、「生かされていること」の有り難さにようやく気付くことが出来たから、今回の遠出の旅は出雲という土地を選んだのかな?ナンテ思いながら、旅のプランニングを続けるのでした。