成功する方法~神々が見ているという考え方

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昨晩、日曜美術館という番組を見たら、高野山の金堂の薬師如来さまのお姿を拝見できて、思わずありがたくってTVに手を合わせてしまった。TVで再びお姿を拝見できると思わなかったので、とても嬉しい気持ちに包まれた。

そんな日曜日美術館で、来週再放送されるのが「ピーター・ドラッカー 日本美術へのラブレター」。

久しぶりにドラッカーの名前を目にして、本棚から、ドラッカーの本を引っ張り出してきて、再び読む。

そして、今の自分の状況をアドバイスするような言葉に出会う。

やはり、偶然と思えることは全ては必然で、これらの言葉に出会ったことで、再び「ブログを書く」ということや、今後の自分の身の振り方を改めて考えたりした。

成果をあげること、ということに、ちょっと無頓着になりすぎていた自分自身の戒めとして、そして忘備録として、引用してみます。

成果をあげるにはどうしたらよいか

第一に

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ヴェルディの『ファルスタッフ』の話が教えてくれるようなビジョンをもつことである。

努力を続けることこど、老いることなく成熟するコツである。

これはドラッカーが商社の見習いの仕事をしていた時のエピソードからで、ドラッカーはヴェルディの「いつも失敗してきた。だからもう一度挑戦する必要があった」と言う言葉に触れて、いつまでも諦めずに、目標とビジョンをもって自分の道を歩き続けよう、失敗し続けるに違いなくても完全を求めようと心に誓った、ということから来ている言葉だったりする。

第二に

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私が気づいたところでは、成果をあげ続ける人は、フェイディアスと同じ仕事観をもっている。つまり神々がみているという考え方である。彼らは、流すような仕事はしたがらない。仕事において真摯さを重視する。ということは、誇りを持ち、完全を求めるということである。

これこそが、私が最も重視しなくてはならない言葉だと思った。

ギリシャの彫刻家のフェイディアスの話で、彼はアテネのパンテオンの屋根に建つ彫刻群を完成させた後に、フェイディアスが出した請求書に対して、アテネの会計官は支払いを拒んだ、という話が書かれていた。

「彫刻の背中は見えない。誰にも見えない部分まで彫って、請求してくるとは何ごとか」と言われたことに対して。ファイディアスは「そんなことはない、神々が見ている」と返したという話。

この話を聞いたドラッカーは、神々しか見ていなくても、完全を求めていかなければならないということを肝に命じた、と書かれていた。

私もこのブログを書いていることに、正直モチベーションが落ちていた時に出会った言葉だったので、ブログくらいと思っていたことを猛烈に反省した。

誰かが見ていなくても、神様や仏様がご覧になっているのだと思うと、気を引き締めて言葉を綴って行かなくてはならないと思った次第でございまして。。。

第三に

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そのような人たちに共通することとして、日常生活の中に継続学習を組み込んでいることである。もちろん彼らは、私がこれまで60年間行ってきたこと、つまりテーマごとに集中して勉強するという方法をとっているとは限らない。しかし彼らは、常に新しいことに取り組んでいる。昨日行ったことを今日も行うことに満足しない。何を行うにせよ、自らに対し、常により優れたことを行うことを課している。さらに多くの場合、新しい方法で行おうとを課している。

ドラッカーは、一時に一つのことに集中して勉強するという自分なりの勉強方法を身に付けた、と書かれていた。そしてその中に日本画も含まれていたという記述を読んで、「ピーター・ドラッカー 日本美術へのラブレター」という本を著するまでに至ったということを知った。

こういった方法は知識を仕入れるだけではなくて、新しい体系やアプローチなどを受け入れることができるようになると書かれていたけれども、確かに未知なものに触れるということは、それだけ自分の感覚で理解できる世界も広がるということなんですよね。

クラッシック音楽を聞いても、なんとも思わない人は、つまらない音楽、と思うかも知れないけれども、そのクラッシック音楽を聴く耳を養った人は、クラッシック音楽という世界に思う存分、浸ることが出来るということだったり。

まぁ、神社仏閣についても似たようなものかもしれませんね。

どういった歴史や人々の信仰があったか、ということを理解していないと、神社仏閣が単なるオブジェや建物としてしか見られないから、何の興味もない人が見ても、全然つまらない感じる訳でして。歴史なんぞに興味が無い中学生が修学旅行で奈良に行くようなもんだね(笑)

第四に

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自らを生き生きとさせ、成長を続けている人は、自らの仕事ぶりの評価を、仕事そのものの中に組み込んでいる。

これは仕事をする上では当然というべきものですよね。

第五に

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きわめて多くの成功してきた人たちが、16世紀のイエズス会やカルヴァン派が開発した手法、つまり行動や意思決定がもたらすべきものについての期待を、あらかじめ記録し、後日、実際の結果と比較してきている。そのようにして、彼らは自らの強みを知っている。改善や変更や学習しなければならないことを知っている。得意でないこと、したがって、他の人に任せるべきことまで知っている。

これ重要です。

なので引用します。

イエズス会の修道士やカルヴァン派の牧師は、何か重要な決定をする際に、その期待する結果を書きとめておかなければならないことになっていた。一定期間の後、たとえば九か月後、実際の結果とその期待を見比べなければならなかった。そのおかげで「自分が何が良く行えるか、何が強みか」を知ることができた。また「何を学べなければならないか、どのような癖を直さなければならないか、そして「どのような能力が欠けているか、何がよくできないか」を知ることができた。

人は得てして、自分のコンプレックスとなっている部分や、弱いと思っている部分について悩んだりしている。けれども、結局そのコンプレックスや弱さをカバーしたところで、自分の強みとまではならないことが多かったりする。

自分に与えられた天賦の才能というものは、誰にでも必ず、ある。

けれども、その強みって何だろう?と思っている人々が多いのが事実だったりする。

なので、自分がやろうとしている事に対して、期待している結果をあらかじめ書き記すということが重要になってくる。これは自分が期待する結果、それが例え人が夢みたいな話だというものだとしても、それを夢のままで終わらせない、漠然とした理想論から、現実へと落とし込む作業とも言える。

第六に

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成果をあげている人達に、その成功の原因となっている経験について聞くと、必ずといってよいほど、すでに亡くなった先生や上司から、仕事や地位や任務が変わったときには、新しい仕事が要求するものについて徹底的に考えるべきことを教えられ、実行させられてきたという。事実新しい仕事というものは必ず、前の仕事とは違う何かを要求するものである。

まさしく、その通りですよね。

凝り固まった考えのままでは、前には進めないですから。

まとめ

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ドラッカーは経営の神様と言われているので、サラリーマンや自己啓発が好きな人以外は読む機会が少ないと思うけれども、スピリチュアルに嵌っているような人こそ、ドラッカー読め!と言いたい。

下手なスピリチュアルな人なんかより、実際に成功して、真面目に仕事をしている人々の方が、よっぽど神様や見えないものの存在は意識している。

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