神社仏閣に行っている人だからって、全て良い人だと思うのは間違いだから

今年の2月、ブログには書かないと決めたいつもお伺いしている、とあるところで、とあるお方と出会う。

先週末またまた京都に行ってきた。 京都に行くまでは、行った事の無いお寺や神社にお伺いしたいな、と思っているのだけれども、実際に...

その時にも、そのお方からはあっちこっちの神仏にお願いしちゃだめよ、と言われたのだけれども、先月お伺いした際にもその方にお会いして、これまた手痛いアドバイスを受ける。

お守り持つのならば一つだけ。

あちこちの神仏にお参りせずに、導かれた神仏だけにお参りするようにと。

先日から神社仏閣めぐりを再開させていただいたのになぁ、と思っていたら、その神社仏閣めぐりの再開のきっかけとなった記事の一部が引用元も記載せずに、ある人が自身のTwitterでパクっているということを、親切な読者様よりお教えいただいた。

この記事の内容↓

薬師寺東京別院を後にして、JR五反田駅方面へと戻ろうかと思ったら、なんとなく神社の雰囲気が漂ってきたので、そちらの方面を歩いていたら...

今現在、そのTweetは削除されたのだけれども(←スクショ取っておけば良かった)引用もせずに人のブログの記事の内容、そのままコピペして、パクるのってどうよ?と思った。

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しかしながら、この出来事により、いつもお伺いしているところで、いつも手痛いアドバイスを下さるお方の言葉を思い出している自分が居た。

神社仏閣に行っている人だからって、全て良い人だと思うのは間違いだからね。

気を付けなさい。

この出来事から学んだことは、やはり導いて下さった神仏とのご縁を大切にすることこそが重要なのではないかということだったりする。

そんな中、ネットを見ていたら、やはりそんな風に語っているブログを発見した。

人によっては下手な鉄砲も数打てば当たると思ってか、なにか祈願があれば知るだけの諸社、諸寺をめぐって祈願しまくる人がいるけど効験はどんなもんかね。
そういう手負いの熊みたいになって方々参る人の場合は効験があったという話はあまりきかない。大体ダメですね。
祈るほうもどこでも心そぞろで、早く他の霊場にも行かなきゃ・・・という風で 一途じゃないからでしょう。

金翅鳥院 さまのブログより引用させていただきました

考え改め、今週末は自宅でお祀りさせていただいている神仏が心地よく過ごせるような空間を作るべく、その空間造りに時間を割いた。

いつもは澄ましたようなお顔の神仏が、今日は何故か微笑みに満ちたような顔を見せて下さったのは、気のせいではないのだろう。

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