六角堂から比叡山無動寺大乗院へ

旅の二日目はとあるところにある、とあるところにお伺いした訳だけれども、こちらは今まで訪れた神社仏閣の中でもダントツに良いと思えるところだった。

しかしながら、誰もが読むことの出来るブログには書くべきではないとの判断で、詳細を書くことは自粛。

けれどもこちらにお伺いしたことによって、自分の意識が変わったのは確かで、だからこそ、それ位、お力のある神仏がいらっしゃるところについては、安易に書いてはならないということで。

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旅3日目の朝、ホテルをチェックアウトしてまず向かったのは六角堂。

昨日お伺いした時にも素敵な観音様のいらっしゃる素敵なところだと思ったけれども

平日の早朝ということもあって、殆ど人の居ない境内にお邪魔させていただけることに至福の喜びを感じてしまった。

そして昨日同様、親鸞様のところにもお参りさせていただいたら、やはり比叡山に行くべきではないのかと思えて仕方がなかったので、当初予定していたところにお伺いするのは、また別の機会に、ということで、比叡山にお伺いすることにした。

今回は行ったことの無いところにお伺いしようと思っていたはずなのに、と思いつつ。。。

京都駅で朝食を済ませ、JRに飛び乗り比叡山坂本駅からバスに乗り、ケーブル坂本駅に到着。

平日とは言え、GW中だったのでそれなりの人が居て

座席には座ることが出来なかったので、代わりに風景が見えるベストポジションを確保。

私はこれまでこのケーブルに何度乗車したのだろう。

そして何故これほどまでに比叡山に惹きつけられるのだろうと自問自答しつつ、風景を眺めていた。

そして10分程度の乗車で、ケーブル比叡山駅に到着。

ここで一息つこうと喫煙所に向かったら、喫煙所に居た駅員さんの手に野鳥が降り立つ姿を見た。

思わず「すごいですね~」と言うと、これ誰でも出来るんですよーとおっしゃり、私の手にピーナッツを置いて下さった。

そして手のひらを上にして、待っていれば野鳥がやってくるということで、言われた通りの姿勢で待つこと数十秒で可愛らしい鳥さんが私の手のひらに降り立った。

その足の鋭い感触に驚きつつ、こういった経験が出来るとは思っていなかったので、とても感激してしまった。

駅員さんにお礼を述べて、無動寺へと向かう。

この参道は何時見ても感慨深いものがある。

そして鳥居を潜り参道を歩くと、3ヵ月前にお伺いした際の、雪に埋もれた参道とは違った新緑の美しさに満ちていた。

そして大乗院に到着した。

大乗院の如意輪観音より夢告(むこく)を得られた親鸞聖人は、同じく如意輪観音を本尊とする京都・六角堂に百日の参籠(さんろう)を決意された。

それからというもの、夜になると大乗院を抜け出す聖人の姿があった。一日(毎夜)も欠かすことなく六角堂に参詣し、明けがたに大乗院に戻るという強行軍。

この聖人の行動は、他の僧侶に不審をいだかせた。多くは『毎夜、大乗院を抜け出すのは、女に会いに行くのだろう』とうわさした。このうわさを、聖人の出家の戒師である慈円(じえん)大僧正に告げ口した者があらわれた。

そこで、慈円大僧正はうわさの真偽を確かめようと、真夜中に突然に僧侶を集め、ソバをふるまった。ところが、六角堂に行っている筈の聖人があらわれ、僧侶達と一緒にソバを食べたのである。驚いたのは僧侶達。翼早朝、さらにビックリすることが起きた。朝もやの中を、聖人が大乗院に帰ってきたのである。

では、ソバを食べたのは親鸞は誰だということになり、僧達は慌てて食堂に走った。そこで、彼らが見たものは、親鸞聖人とそっくりの木像であった。しかも、口もとにはソバがついていたという。

この奇想天外な出来事に遭遇した僧侶達は、これ以来親鸞聖人をねたむ者はいなくなり、親鸞聖人の身代りとなった木像を『ソバ喰いのお木像』として、大切に伝えたと言われている。

明源寺ブログ より引用

今回意図して六角堂、そして大乗院にお伺いしようと思っていた訳では無い。

けれども何故かこれらの寺院にお参りさせていただけたということは、何かしらの意味があるような気がして仕方がなかった。

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