若い頃の宮崎奕保禅師は嵐の二宮君に似ていると思いつつ『若き仏たちへ』を読んだ

若い頃の宮崎奕保禅師様は、嵐の二宮君に似ていると思う。

坐禅をすれば善き人となる』に載っている宮崎奕保禅師様の福田寺住職時代の写真を見ると、いつもそう思うのだけれど、誰も言わないから言ってみた(笑)

宮崎奕保禅師様という方は、曹洞宗大本山永平寺第78世貫首であり、史上最高齢の住職として100歳を過ぎても若い僧と修行を続けたというお方。私は宮崎禅師様をとても尊敬していて、宮崎禅師様のようになりたいと日々思っている。

お姿のことをどうこういうのは、失礼と承知の上で言うけれど、このお顔立ちならば、女性からもかなり人気があったと思うのに、生涯不犯を貫いた、というから、これまたスゴイなぁ、という感想しか持てないのだったりする。。。
Miyazaki Zenshi
坐禅をすれば善き人となるより引用

と、ミーハーな話はこの位にして(笑)

宮崎禅師様の『新編・若き仏たちへ』という本を手に入れた。

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新編・若き仏たちへ

これは宮崎奕保禅師様が昭和55年の春に、二祖様《懐奘(えじょう)禅師》のご遠忌に報恩授戒会中、説戒師を拝命してお取次ぎしたものが、録音され、文字として起こされたものという本だった(←勿論宮崎禅師様が内容を確認されたそう)

  • 序章 禅は語るにあらず
  • 第一章 相対と絶対の見きわめ
  • 第二章 孝を名づけて戒となす
  • 第三章 三宝
  • 第四章 三つの門
  • 第五章 十重禁戒
  • 終章
  • 打坐鼎談
  • 巻末対談

という構成になっている。なんとなく分かっていたようで、分からなかったものの意味がこの本を読むと良く分かった。

気になったセンテンスを幾つかピックアップすると

 悟りとは

悟りとは、大道の中へ自分の体を投げ込むということです。そうすると、悟りはなにもないところから、向こうからきてくれるのです。禅宗では、

「一寸坐れば一寸の仏」

といいます。一分間坐れば一分間の仏様です。一寸、一分間を無駄にしないように生きること、これがすなわち坐禅ということなのです。

相対と絶対の見きわめ

おたがいは本来輝いている月や太陽と同じであるけれども、自分の欲望であるとか、我見(=我執)・我慢(=高慢)というものが雲になって見えなくなっているのです。その見えなくなっている本来の姿、自性清浄霊妙なる心を磨き出すために行をします。これが修行なのです。

~中略~

私はきれいだといえば、もうきれいというものにこだわっています。私は美人だといえば、美人が鼻にかかっています。きれいだといえばいうだけ、そこに我慢が出てきます。

本来清浄なものは、自分がきれいであるとか汚いとかいったことを超えています。きれいとか汚いとかいうことは相対にすぎません。本来清浄であるものは、そうしたことを忘れているのではなく超越しているのです。この超越した姿になることが大切です。

自分が善いことをしていて、善いことをしているという意識がない。それが本当の善いことなのです。絶対的なる善は、善だのなんだのを飛び越えたところにあるのです。

だから私たちはそうなるために加行をするのです。加行によって自性清浄霊妙なる心を磨き出すのです。

「面倒くさい」ということ

この「面倒くさい」ということは、心してやめなければいけません。道元禅師様は、この「面倒くさい」という心を持ったとたんに、仏様や神様は逃げてしまうのだということを、『学道用心集』のなかで述べられておられます。

面倒くさいといえば、終いには寝ることまで面倒くさいと思うようになり、馬みたいに立ったままで寝なければならなくなる、と道元禅師様は非常に懇切に、自分の子供にいうように説かれています。

こころ

心というものは少しもじっとしていません。ころりころりと転ぶから「こころ」だというぐらいです。

ところが、坐禅というものは、心をひとつところに集めることです。ですから禅定(ぜんじょう)ともいいます。そしてこの禅定に入ることを入定といいます。

無常

今を生き、今を生かせとよくいいますが、人間の寿命も今のなかにあります。

ところが、今というものを摑むことができるでしょうか。今はそれこそ瞬間です。一瞬の中に三百六十の刹那があるといいます。その刹那のひとつが今です。その一刹那があまりにも早く死に、次の刹那があまりにも早く生まれるので、私たちはずっと生きているように見えるだけなのです。刹那生滅です。

「今を求めて今はなし『ま』というときは『い』はすでになし」
これを仏法では無常といいます。

などなど、非常に分かりやすく書かれていました。鼎談や対談も宮崎禅師様のお人柄が良く出ていて、読んでいて微笑ましくなってしまいました。

これを読んでいたら、また永平寺行きたくなっちゃいました。今度は永平寺周辺に泊まりたいなぁ。。。

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