目に見えないお力~建長寺 半僧坊にお伺いしました

建長寺境内の奥の山の中腹にある半僧坊へと向かう。

私が見たガイドブックには「禅刹の雰囲気とは違う独特な空気が流れている」とか「異様な雰囲気が漂う境内」などと書かれていたけれども、やはり言葉だけでそのイメージを掴むということは容易ではなく、実際にお伺いしてみて、その言葉の意味が分かった。

参道を歩いて行くと、狛犬さん達がいらっしゃり

お邪魔します、とご挨拶させていただき歩いて行くと、鳥居が見えた。

何となく、修験っぽい雰囲気だなぁと思いつつ、少し歩くとまた鳥居。

こちらの猛々しい狛犬さん達にもご挨拶させていただき

そのまま石段を登っていこうかと思ったら、左側からとても不思議な感じを受けたので、そちらに向かうと石碑があった。

こちらを見ただけでも、ここが禅寺である建長寺とは異なる空間であるということが分かった訳でして。

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そして鳥居を潜り

245段あるという石段を登っていく。

本当に不思議なのだけれども、私は普段は運動とは全く縁の無い生活を送っているので、通勤で駅の階段を登っても疲れてしまう位、体力には自信は無い。

しかし神社仏閣にお伺いすると、駅の階段とは比べものにならない位の階段があっても、全然苦にならない程、易々と駆け上がることが出来る(と言っても、自身が穢れている際には疲れてしまう訳なのだけれども、、、)

今回も何かが後ろから押してくれているような気配を感じながら、楽々と石段を登ることが出来た。

そして手水近くまでたどり着き、ふと目を上にやると、そこには天狗さん達が沢山いらっしゃった。

そして半僧坊へと向かう最後の石段両脇には、

見事な天狗像があり、思わずここは高尾山かと思ってしまう位だった。

そして狛犬さん達にもご挨拶させていただき

こちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。

こちらにお伺いしたのは初めてのはずなのに、何故か懐かしいものを感じながら、、、

お堂脇には半僧坊についての案内版があったので、それを読むと

建長寺半僧坊は今から五代前の住職、霄貫道老師がある夜お坊さんのような、又俗人とも見える白髪の老人と山中で会い、「私を関東のいずれかの清浄な所に招いて下さるなら、その所いよいよ栄え、ありがたい事が絶える事がない」と告げ、姿を消してしまった霊夢を見られました。

その姿こそ半僧坊の真姿で、建長寺の鎮守に相応しいと、早速住職自ら静岡県奥山方広寺に出向き御分身を願われ、明治23年5月建長寺の内で最も景色のよい勝上巖に安置され直ちに勝上教会を作りお堂創建の許可を得て、折柄の好景気により、莫大な建築資金も信者の浄財で集まりたちどころに創建されました。

当時、信者分布は一都二十数県、講社数百二十余社、信者数五万余人を数える盛況でありました。

ここ半僧坊は霊験あらたかで家内安全、商運隆昌、厄災消除、安産守護、大漁祈願、交通安全、合格祈願等々の御利益は誠に甚大なものがあります。

と書かれていた。

そして鎌倉二十四地蔵霊場の第11番札所の一つである「勝上献地蔵」が安置されている地蔵堂へとお参りさせていただいた。

その後、寺務所で御朱印を頂戴し、そして頒布品を眺めていたら「建長寺半僧坊せんべい」なるものが販売されているのを見て、物珍しさからこちらのおせんべいもいただいた。

この日はお天気も良く、お日様のお力でお堂前の水鉢から反射された光がお堂壁面に映し出された姿を見て、とても美しいものを感じてしまった。

そして美しいものと言えば、こちらから眺める富士山と相模湾の姿も必見。

こちらは紛れもなく、パワースポットと言われる場所なのだろうと思ったけれども、そういう陳腐な言葉では言い表したくない位、素敵なところだった。

ベンチがあったので、そちらに腰掛けて、持参していたカロリーメイトで小腹を満たしつつ、しばしこの景色を楽しむ。

有名なパワースポットと言われる場所のように、変な人達にも遭遇しなかった事もこちらに好感が持てた一つの要因でもあった。

先日読んだ本の中にもこういった記述があった。

ー さっき、負のエネルギーを置いてくると言っていましたが、みんなパワースポットはエネルギーをもらうところだと思ってますよね。

佐藤 身体のなかのキャパシティは決まってるから、満タンな状態で負のエネルギーを持っている人がいいものを入れようとすると、その負のエネルギーを置いてくることになるんです。だから実は結構、パワースポットブームで汚れちゃったところってありますよ。

~『SOUL RESET 魂の再起動』より引用

まぁこれも、信じるか信じないかはあなた次第ということになるのでしょうが、こちらは汚れていない場所だと思った次第でして。

そして帰りは乙女坂というなだらかな坂を下って行った。

しかしながら、初めてお伺いした場所なのに、何故こんなにも懐かしい気持ちになるのだろうと思い、家に帰って半僧坊様について調べてみたら、小さい頃に行ったお寺には半僧坊様がお祀りされているお堂があった、ということが分かった。

偶然と言う言葉で片付けてしまえばそれまでなのだろうけれども、やはり目に見えない何かのお力が今回、私をこちらの半僧坊様のところにお導き下さったのだと気付き、感謝しざるを得ない自分が居た。

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