目赤不動尊~大聖山東朝院 南谷寺にお伺いしました

東京メトロの本駒込駅から吉祥寺へ向かう道すがら、目赤不動尊と書かれた門柱が目に入った。吉祥寺にお伺いした後にお参りさせていただこうと思い、吉祥寺を後にして目赤不動尊へと向かった。

こちらは正式には大聖山東朝院 南谷寺というお名前の天台宗のお寺。

五色不動は五行思想の五色(白・黒・赤・青・黄)の色にまつわる名称や伝説を持つ不動尊を指し示す総称として、東京のものが有名だと言われている。

東京の仏閣巡りということで、この五色不動を一日で回ると言ったプランも提唱されているのでその存在は知ってはいたけれども、具体的にどこにそのお寺があるということまで調べていなかったので、今回偶然にも本駒込で五色不動の一つである日赤不動尊にお邪魔することが出来たという訳でして。

境内へ歩みを進める。

五色不動の一つのお寺だということで、広い境内を想像していたけれども、意外にもこじんまりとしたお寺だった。

けれども、そのこじんまりとした佇まいが故に、不動明王様を身近に感じることが出来た。

手水の近くには陽気な恵比須様がいらっしゃったのでご挨拶させていただいた後に、手水で清めて

狛犬さん達にもご挨拶させていただいた。

そしてこちらにお招きいただいたことに感謝して、お参りさせていただく。

そしてこじんまりとしたお堂の中には、確かに不動明王様がいらっしゃることを感じることが出来た。

お堂の中に置かれていた目赤不動尊縁起という紙に目を通す。

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(江戸五色不動)目赤不動尊縁起

当山に安置し奉る江戸五色不動の一つ目赤不動尊の由来を申し上げますと、元和年間(1615年頃)比叡山南谷に万行律師という持戒智徳の名僧がおり常に不動尊を尊信し昼夜不退に不動真言を称えており、或る夜聖童夢枕に来たって告げたまう、万行多年不動尊を尊信する事深切なり、伊賀の国の赤目山来たれ不動明王の霊験あらんと告げ終わり金光を放って飛び去る夢を見て夢さめたり。

信心を肝に銘じ、お告げに従い速やかに比叡山を発ち、伊賀の国赤目山に登り絶頂の磐石に端座すること三日三夜、口に不動真言を称え手に秘印結び、心寂然として明王の来迎を待ち奉る。

不思議なるか虚空に御声もろとも投げ入れ給う物あり。手を開き見れば是すなわち黄金一寸二分の不動明王の尊像にて、有難くも尊くて歓喜の泪にむせび礼拝恭敬し法楽して後赤目山をくだり比叡山南谷の庵室に安置す。

暫くして後、衆生済度の志願を起こし、感得の尊像を護持して関東に向かい下駒込(今の動坂)なる有縁の地に堂を建て尊像を安置し万民化益を祈念し参詣の諸人祈願を訴え、慶験を祈るに奇験蒙る事の少なからず。

自ずから不動坂と称えて群参す、慈に寛永五年恐れ多くも、将軍家光公鷹狩りの途中、お徳をお尋ねになり由来を言上したところ府内五不動の因縁を以て赤目を目赤と称えるようにとの上意があり後に浅嘉町藤堂家屋敷跡を拝領し、同年寺院建立に及ぶ故有って智徳大師の御作不動明王の霊像を受得せられ御前立に安置し黄金の本尊は後の屛子に秘仏安置奉り天台宗羽黒の支流に属し万行住職ありて大聖山東朝院と名づける。

両尊像を守り奉りしに寛永十八年三月二十六日権大僧都党員に寂す。

以後年を越え年月を重ねて利益日々著しく参拝の諸人絶える事なし。

~目赤不動尊縁起 より引用

と書かれていた。

昨年初めて比叡山を訪れて以来、何かにつけては比叡山にお伺いすることが多かった身としては、こちらに導かれたのは偶然だよ、という簡単な言葉では片付けたくない気持ちで一杯になった。

本当に今年は不動明王様にお世話になりっぱなしだ、と思いながらも、このご縁に感謝するしかなかった。

そして納経所にお伺いして御朱印を頂戴して、幸せな気持ちに包まれながらこちらを後にした。

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