二上山に思いを馳せ~檜原神社にお伺いしました

今回三輪に来たのは、檜原神社にもお伺いしたかったという側面もある。

狭井神社から山の辺の道を歩く。

途中貴船神社も御鎮座されているので、再びこちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。

山の辺の道は冬の時期とは打って変わって、新緑がとても美しく、ほとんど人の居ない中歩けることが本当に贅沢だなぁと思ってしまった程だった。

そして玄賓庵に差し掛かる。

こちらも私は大好きなお寺さんだけれども、帰りにお伺いさせていただくことにして、檜原神社を目指す。

狭井神社からゆっくりと歩いて25分程度で、檜原神社が見えてきた。

そして道なりに歩いて、正面からお伺いする。

手水で清めて

こちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。

今回檜原神社にお伺いしたのは、もちろん参拝することも目的だったけれども、もう一つ理由があった。

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この旅行の前に、渋谷にある國學院大學博物館で折口信夫が晩年を過ごした「叢隠居」という書斎が再現されているところを目にした。

その後完読出来ていなかった折口信夫の『死者の書』を読んだのだけれども、どうもこうも難解で一読しただけでは理解できなかった、というのが正直なところだった。

ただこの本の舞台は二上山。

そして檜原神社からは、その二上山を眺めることが出来る。

『死者の書』の舞台は当麻寺を麓にもつ二上山である。

ここは日本のミステリーラインともいうべき笠置・生駒・二上・葛城・金剛・高野・吉野・熊野のうちの二上にあたっていて、大津皇子伝承や中将姫伝説がのこっている。折口はこれらに取材し、古代の人の観念そのものとなっていく。

物語は「めざめ」から始まる。太古の雫が「した した した」と垂れる塚穴の底の岩床でめざめたのは、死者である。この死者は射干玉(ぬばたま)の闇の中で徐(しず)かに記憶を呼び戻し、かつての耳面刀自(ミミモノトジ)に語りかける。

死者の姉は伊勢の国にいる巫女だった。思い出せば、死者のおれは磯城の訳語田(おさだ)の家を出て、磐余(イワレ)に向かっていたようだ。そこには馬酔木が生えていて、そのとき鴨が鳴いたのまでは憶えている。姉がおれを呼んでいた。そこへ九人九柱の神人たちの声が聞こえてきた。どうやら藤原南家の郎女(いらつめ)の魂を呼んでいるらしい。

物語の冒頭は、こうした幽明さだかならない時の境界をゆらめく記憶の断片が、あちらこちらに少しずつ湧き出して、まるで霧の谷の姿がうっすら見えてくるように始まっていく。

松岡正剛の千夜千冊 より引用

死者の姉は伊勢の国にいる巫女だった、という設定。

檜原神社も奇しくも元伊勢と呼ばれている場所だ。

そして、その場所から二上山がこれほどまでにはっきりと見る事が出来るというのは、単なる偶然なのだろうかと思い、この本を読んでこの地に再び足を運んでみたくなったのだった。

春分・秋分の日頃に三輪山から昇った朝日は、夕暮れ時には二上山の雄岳と雌岳の間に沈むという。

今回私がお伺いしたのは夕暮れ時ではなかったけれども、やはりこの土地から二上山がはっきりと見えるということは、何かの意図のもと、この地に檜原神社が御鎮座されているのではないかと思えて仕方がなかった。

檜原神社は本当にこじんまりとした神社だ。

ネットではパワスポなんて言われているけれども、実際にはさほど参拝客の姿もなく、こちらで良く目にするのは山の辺の道のハイキングコースの休憩所みたいな感覚で、境内に設けられたベンチでお弁当などを広げてくつろいでいるハイカーの姿だったりする。

けれども、以前、とある方よりで、大神神社に行くのならば檜原神社にも行かなくてはならないということをお教えいただいたことがある。

その方から教えていただいた具体的な説明は、ぐうの音も出ない程の完璧なものだった。

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