お導き~比叡山 律院にお伺いしました

比叡山 律院に到着して1時間半後、精進料理の御接待を受けている自分が居た。

コロッケやおうどんの入ったお汁、そして小鉢が2皿にご飯と香の物と言う至ってシンプルな品々だったけれども、精進料理とは思えない程味わい深く、そして愛情がこもっているようなカンジがして、ありがたくいただいた。

こちらの比叡山 律院は、無動寺明王堂と同じく大阿闍梨様による護摩祈祷が受けられる寺院だと知ったのは、境内にお邪魔した後だった。

庫裡の横を抜けると

それは夢のように美しい光景が広がっていた。

思わず「綺麗だなぁ」と口について出てしまった程でして。

そして手水で清めて

本堂脇にある寺務所の方に目を向けると、沢山の参拝客が護摩木を記入する姿が目に入った。

そして信者の方より、こちらは大阿闍梨様がいらっしゃるお寺であり、11時から始まる護摩祈祷のために沢山の人々が護摩木を書いているということをお教えいただいた。

こちらは千日回峰行者の叡南俊照大阿闍梨様がいらっしゃるお寺だった。

これも何かのご縁だと思い、私も護摩木を記入させていただいて、護摩祈祷に参列させていただくことにした。そして護摩堂に移動して、御護摩が始まるのを待つ。

しばらくすると、叡南俊照大阿闍梨様がお見えになった。

お歳を召していらっしゃるが故に滲み出ている、厳しさだけではない、とても優しいものが大阿闍梨様から放たれていた。そのお姿からは本当に全てを救って下さる、生身の不動明王様のような気がして、お姿を拝見出来ただけでも、ありがたい気持ちで一杯になってしまった。

御護摩祈祷が始まる。

不動明王様の御真言を大阿闍梨様や信者の皆様と一緒に唱えていると、突然、自分の中で封印していたと思っていた感情が出てくることに気付いた。

その感情の激しさも相まって、思わず涙がとめどなく流れて来て、御真言を唱えることもままならない状態になってしまったけれども、ここでやめてはならないと、とにかく御真言を半泣き状態で唱えている自分がいた。

そして、唱え続けること数分、御護摩の火により私が抱えてた負の感情と言うものが燃えつくされていることを、何故か実感することが出来た。

そして大阿闍梨様よりお加持をいただくと、とてもスッキリとした気分になることが出来た。

これは今まで感じたことが無い経験だったので、大阿闍梨様のお力の凄さと、今回こちらにお導きいただいた神様や仏様に感謝せざるを得なかった。

そして御護摩祈祷の後、参列者は庫裡で精進料理をいただくことが出来るということで、私も漏れなくご相伴に預かったのでした。

スポンサーリンク

食事の後に、希望している人は叡南俊照大阿闍梨様にお目にかかることが出来るということだったけれども、いかんせん、今回大阿闍梨様にお目にかかることが出来るとは努々思っていなかったので、お布施の熨斗袋などは準備していなかった。

お布施をハダカのままで渡すなんて失礼なことは出来ないと思い、寺務所にお邪魔して、熨斗袋を分けて頂いてお布施を包み、再び庫裏に向かうと、もう大阿闍梨様は本堂での先祖供養に向かっているということだったので、私も本堂に向かう。

このまま流れで何故か私も先祖供養に参列させていただくことになってしまったのだけれども、これも今となってはご縁だと思ったりして。

先祖供養は約1時間程。

私が今まで触れた事のないお経を読まさせて頂いたのだけれども、いかんせん途中で脱落しそうになったら、若いお坊さんがさりげなく私のそばに来て下さり、今ここですよ、とお経の本の該当部分を指し示して下さった。

本当に初心者ですみません、と思いつつ、何とか先祖供養を終えることが出来た。

そして、先祖供養が終わると、大阿闍梨様がお供物のお菓子を参列者に配ったのだけれども、私にお供物を手渡された時、なんと大阿闍梨様が私に話掛けて来て下さったのだった(内容は個人情報等含まれていてセンシティブなので秘密デス)

大阿闍梨様が立ち去った後、近くに居た信者さん達から「これは滅多に無い事なのよ、大阿闍梨様からお声掛けいただけるなんて」とかなり興奮気味で話しかけられたことに、私としては、本当に不思議な気持ちで一杯になってしまった。

今回当初は、京都市内に行くつもりだったのに、何故か比叡山に行こうと思ったこと。

そして、比叡山坂本駅から何故か徒歩で歩いてみようと思ったこと。

また、たまたま通りかかったこちらのお寺の前で、親切なおばあさまよりこちらのお寺の参拝を勧められたこと。

そして、流れに従っていたら、何故か大阿闍梨様に話しかけられたこと。

あまりの不思議さに、訳が分からなくなっている自分が居た。

この不思議な気持ちを抱えながら、境内を散策した。

そして今回こちらにお伺いしたのも、何かのお導きであり、そしてご縁なんだろうと感じた(←これは後ほどまたまた強く感じることになるのだけれども)

この時既に14時を過ぎていたので、これから横川にお伺いするには時間が足りないことに気付いて、今回横川にお伺いすることは断念した。

けれども、やはり比叡山に来たのならば、無動寺にお伺いしなくてはと思ったので、ケーブル坂本駅まで向かう。

この一年の間、何回乗車したのだろうと思いながら、ケーブルカーに飛び乗る。

けれども訪れる度に、その風景は私に異なる美しい表情を見せてくれる。

そして私がこれほどまでに、比叡山に惹きつけられる理由というのは何でなんだろう?と思いながら、無動寺へと向かった。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.