【その7】Calling -エピローグ 1st Sept, 2013

ツアーバスに乗り、後は東京に戻るだけだと思っていた。

隣に座っている人とは話さないと決めていた。
前回の北陸の旅の際に、隣に座っていた老女と話した際に
「ばかじゃない?」と言われた事が引き金となって
バスツアーの隣に座っている人とは話さないと決めていた。

思えば下らないこと。
とうもろこしの調理方法で、私は茹でて調理すると発言したことに対して
電子レンジで調理すれば、早く、美味しく出来るのに
電子レンジを使わないあんたはばかじゃない、と言われた事。
私からすれば、電子レンジを使うあなたの方が、と思ったりもした。

隣に座っていた人は話した気で、何かにつけ話しかけてこようとしたけれど
音楽を聴いたり、寝たりして、なるべく話さないようにしていた。

けれど突然
「あなた目がきれいねぇ」
と言われ、褒めてくれた人につっけんどんとした態度も出来なくなり(笑)
何となく、ポツポツと話すようになった。

私の隣に座っていた人は、毎月伊勢に通っていて
このバスツアーを利用している常連だと言っていた。
私も昨年のGWから、何かにつけ伊勢に行くようになって
今回が9回目の訪問だと話した。

その人は
伊勢には呼ばれる人が居るということ
そして伊勢は宇宙と繋がっているということを話始めた。

また、神様は人間を想像も出来ないくらいに大きな愛で包んで下さっている事や
人生は素晴らしいものだという事を力説されていた。

そして人生は自分の思うようになるということ
例えば
食堂でオムライスが食べたいのに、オムライスを注文しなければ
永遠にオムライスは出てこないのと同じで
幸せと言わなければ、幸せは出てこない。
あなたは自分が「幸せ」とこの場で言える?と言われて
「幸せです」と単純に言えなかった自分自身を知った。

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その人は明らかに人生を楽しんでいた。

私が今までその人と話さなかった理由(前回のバスツアーの件)を話すと
そうやって、己を守る事行動すら、愛おしく感じると言っていた、、、
このバスツアーに参加している人たちが
それぞれ自分を守るために行動している事も愛おしいと。
人間全てが愛おしいと。

そして
神様は人間が苦しんでいる姿を見るのは喜ばれていないということを強調されていた。
人間が喜んでいる姿を見る事が、神様の幸せ。
なので、苦労なんかしちゃだめ、全て己が楽しいと思えることをしなさい、と。

そしておもむろに
「あなたは○○した方が良いんじゃない?」と言われた。

これはずーーーーっと私が思い悩んでいたテーマだったので
この言葉を言われた途端、涙が止まらなくなってしまった。
つか
ただ単にバスツアーの隣の人が言っている言葉じゃないでしょ?と。

そして自分の名前の話になり
自分の名前と言うのにも、意味があるということを教えてもらった。
その他にもいろいろと興味深い話や、為になる話(お金の話とか)を聞いた。

隣の方は、一通り話すと、眠たくなったとの事でお休みになられた。

その一方で私は
何故今回突然伊勢に呼ばれたのかが理解出来た。

全ては変化させるためだった。
私はその言われた言葉を自分の中で咀嚼しながら、
そして隣の人は、言いたい事は言い終えたと満足したようにぐっすりと眠ったまま
バスは東京へと戻った。

お会いできて嬉しかったです、と言葉を交わしバスを降りた。

そして私は会社を辞める決心をした。

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