早朝の清水寺は本当に素晴らしいところでした~清水寺にお伺いしました

旅行最終日の朝。

ホテルを朝6時にチェックアウトして、向かった先は清水寺だった。

清水寺には2016年5月にもお伺いしたのだけれども、日中ということもあって余りの人の多さに辟易としてしまったところだった。しかし、内心(これは本当の清水寺の姿ではない)と思っていた。

ミーハーな理由なのだけれども、宮崎奕保禅師様の御本で、清水寺について書かれていたことも関係していた。

清水寺の前の管長さんの大西良慶さんは、数えの百九歳で亡くなられたと記憶していますが、ご葬儀のときに禅師さまは奠茶師(てんちゃし)をおつとめになられました。

そのご縁もあるし、またそれ以前のご縁もあるからなのでしょう、京都に行かれると必ず清水さんへお参りされるんですよ。「大西さんのところへ、ちょっと線香あげてこようか」と決まって言われるんです。

~『新編・若き仏たちへ』より引用

宮崎奕保禅師様が京都に行かれると必ずお参りしていたと言うお寺。

そのお寺の本来の姿をいうものを、この身で感じてみたかったという部分が大きかった。

烏丸御池から京都市営東西線に乗車して、三条京阪という駅で下車。そしてここから歩いて清水寺まで行くという、今思えば何とも効率の悪いルートを取った訳だけれども、三条京阪の駅から清水寺まで歩いていると、知恩院や八坂神社の前を通りかかる。そして、それは早朝ということもあって、本来の研ぎ澄まされた姿を見る事が出来たような気がした。

京阪三条駅に到着した時にはまだ6時台ということもあって、辺りは真っ暗だったのだけれども、清水寺に近づくにつれ、辺りは次第に白んできた。

そして清水寺に到着した。

清水寺

前回お伺いした際の喧噪が嘘のように、ほとんど参拝客の居ない場所に立っただけで、こちらのお寺の本来の凄さというものを感じることが出来た訳でして。

狛犬さん達にもご挨拶させていただいて

仁王門を潜る。

仁王門

そして西門前にいらっしゃる龍にもご挨拶して

西門

その高台から見る京都市内の景色にしばし見とれてしまった。

朝の空気は本当に魔法がかかったように、とても素晴らしい景色を見せてくれる。

殆ど人の居ない中、歩みを進める。

鐘楼

随求堂

五重塔

経堂

前回こちらに来た際には、中に入ることが出来たなぁと思いつつ、お参りさせていただく。

開山堂(田村堂)

そして受付で拝観料を支払い、前回お伺いした際には工事中だった轟門を潜る。

轟門

そして本堂へと到着した。

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本堂

本当にお伺いする時間帯で、これほどまで空気感に差が生じるのかと思ってしまった位にとても清々しい場所だった。

そして今回早朝に清水寺にお伺いして感じた事と言えば、こちらは本当に祈りの場であるということ。

前回は参拝客が多すぎて、後ろからお参りさせていただいた出世大黒天様のもとに向かうと

出世大黒天

やっと来たかい、というお言葉をいただいた(ような気がした)

私もきちんとお参りさせていただきたかったのですと申し上げ、そしてこちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただくと、とても暖かいものを感じることが出来た。

そして靴を脱いで本堂の中に入り、十一面千手観音様の前に額ずき、こちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただく。

前回は本堂の中に入ることもままならない状況だったので、こちらでゆっくりとお参り出来たことで、本当に心から感謝している自分が居た。

観音様は、本当にお優しい。

そしてお参り後に清水の舞台からの景色を眺める。

殆ど人の居ない中、清水の舞台に立っていると、それこそ朝の空気の中、おおらかに空中を舞っている龍の姿が見えた。

この空気感が余りにも素晴らしかったので、しばらく清水の舞台の上で佇んでその風景を堪能させていただいた。

この空気感はやっぱり日中の喧噪の中では味わえないものだったので、本当に今回この時間帯にお伺い出来た事に対して感謝せざるを得なかった。

そして本堂を後にする。

地主神社の参拝時間は朝9時からということだったので、鳥居の前からお参りさせていだたき

奥の院方面に進むも、まだ工事中だったのでそのまま道なりに歩く。

そしてちょっと上がったところにある子安塔にお伺いする。

子安塔

泰産寺

前回は子安塔と泰産寺にはお伺いする気力も無かったことを思い出しつつ、お参りさせていただき、この高台から見る景色の美しさに感動している自分が居た。

そして音羽の滝方面に向かう道すがら、前回お伺いした際には気付かなかった神様・仏様達からお声掛けいただいたので、お参りさせていただいた。

境内の案内図には載っていないような、それこそ人知れずといった神様仏様なのだろうけれども、これらの皆様にお参りさせていただくことによって、清水寺というところが、本当に信仰の場であるということを実感させていただくことが出来た。

その祈りの力に感動しつつ、歩みを進めると、音羽の滝に到着した。

音羽の滝

こちらも前回、余りの人の多さに近くでお参り出来なかった場所だった。

けれども、今回は心ゆくまでゆっくりとお参りする時間が持てた。

こちらには不動明王様がお祀りされている。

ここ数週間の間に不動明王様のところにお伺いする場面が多いのも必然なのだと思いつつ、柄杓で水をすくってお水をいただき、そして今回こちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。

そしてこちらで、役行者さまのお姿を発見した時の驚きと言ったら、、、

今回訪れた早朝の清水寺は、本当に素晴らしいところだった。

日中あれだけ物見遊山の観光客が押しかけている場所にも関わらず、早朝の空気感は聖地そのものだった。

全ての物を受け入れる懐の深さ、にも関わらずその聖地感を保っているということは、それだけ清水寺に対する信者さん達の信仰の深さがこの土地に染みわたっているのだろうと感動してしまったくらいだった。

そして、また早朝の清水寺にお伺い出来ると良いなと思いながら、それこそ何かに押されるような感覚で次の場所へと歩いて行った。

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