道元禅師初開道場・宇治興聖寺にお伺いしました

平等院からあじろぎの道を経て喜撰橋へ。

十三重石の姿が橋の先に見えた。

そして橋を渡っていたらと喜撰橋の船着場が見えて、その光景はとても風情があるものだった。

宇治川というのは、本当に綺麗なところだなぁと思いつつ、今度は朝霧橋を渡る。

唐突だけれども、私は10-FEETというバンドの曲が、とても好きだったりする。

去年行った”DEAD POP FESTiVAL”という夏フェスに出演していた彼らのライブを見て、初めて彼らの存在を知ったという新参者だけれども(笑)、それ以来彼らの音楽を聴く度に、曲から溢れるポジティブさや暖かさに随分励まされてきた。

宇治という場所は彼らが毎年夏に行っている「京都大作戦」というフェスが行われている土地だと言うことも、今回宇治に来てみたかった要因の一つだったりする。

そして宇治川を見ていたら、彼らのの”RIVER”という曲が脳内再生されていた。

助けてのその一言は僕の存在を否定するもの

そんな誓いとんだ勘違い

誰も独りで生きていけない

助け求めた君に求めたそして自分にもまた求める

まだ戻れるまた訪れるあのRIVER

大いなる川の流れを見ていたら、それこそ「私」という一個の存在は、大自然から見ればちっぽけな存在だということを感じてしまった。

けれどもそのちっぽけな存在だからこそ、一人では生きていけず、いろいろな人と互いに助け合って生きていかなくてはならないということを思わずにはいられなかった。

それこそ大元では全ての人と繋がっているということで。。。

一人で歩いているといろいろ考えてしまう訳ですよ(笑)

まぁこの時間が私にはとっても必要な訳なんですけどね。

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そして、興聖寺に到着。

興聖寺

宇治に行くのならば、こちらは絶対お伺いしなくてはならないと思っていた場所だった。

それこそ道元禅師様に関わるお寺だったので。

宗祖道元禅師は宋から帰朝された後、天福元年(1233)京都深草に日本初の純粋な禅道場として七堂伽藍を建立し、観音導利院興聖宝林禅寺(かんのんどうりいん こうしょうほうりんぜんじ)を開創。これが当寺のはじまりである。

道元禅師は34歳から興聖寺在住10年の間、宋より帰って最初に坐禅の要点と所作を説いた「普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)」をはじめ、修行者の心がまえを説く「学道用心集(がくどうようじんしゅう)」、台所の心得を説く「典座教訓(てんぞきょうくん)」等を執筆され、今日まで伝わる曹洞禅の教理・思想の基礎を創られた。

道元禅師が越前領主波多野義重(はたのよししげ)公の勧めで越前へ赴いた後、興聖寺は応仁の乱(1467)や兵火に遭って衰微したが、寛永10年(1633)淀城主として入国した永井信濃守尚政(ながいなおまさ)公が、領内の霊跡見回りの折り、道元禅師開創になる興聖寺の廃絶を惜しみ両親の菩提のため慶安元年(1648)伏見城の遺構を用いて本堂、開山堂、僧堂、庫院、鐘楼、山門などの諸堂を建立整備し、道元禅師を開山とする仏徳山 興聖寺を現在の地に再建した。本堂に祀る本尊の釈迦牟尼仏は、道元禅師作と伝わる。

さらに尚政公は、深草の興聖寺から数えて第5世にあたる住職として、正保2年(1645)摂津住吉の臨南庵に隠居していた万安英種(ばんなんえいじゅ)に三顧の礼をつくして当寺の中興開山に請じる。万安英種は、ひたすら道元禅を志したことでも広く知られた高僧で、興聖寺住職としてこの地から只管打坐(しかんたざ)の禅風を起こすのに最適な人物であった。中興開山に迎えた万安禅師は、興聖宝林禅寺の歴世を継承して第5世となった。すなわち当寺を「道元禅師初開の禅苑(道場)」とするゆえんである。

曹洞宗近畿管区教化センター HPより引用

石門を潜り

琴坂を登って行く。

そして山門に到着。

山門

誰も参拝客が居ない中、山門を潜り境内にお邪魔する。

鐘楼

そして拝観させていただこうと庫裡へ向かう。

中にお邪魔すると、窓口には誰も居なかったので、お声掛けすると若い雲水さんが対応して下さった。

拝観料(¥300)を支払い、御朱印も頂戴出来るということだったので、御朱印もいただく。そして雲水さんから拝観についてご丁寧な案内を受けた。

こちらにあった梆(ほう)と呼ばれる魚の形をした主に禅宗で用いる鳴物の渋さが、とても私好みだなぁと思いつつ、靴を脱いで堂内にお邪魔させていただいた。

こちらは本当に「修行の場」ということが、ありありと感じられる禅寺だった。

永平寺と比べると規模はとても小さいけれども、

永平寺の原点とでも言うのだろうか?そんな素朴さを感じながら諸堂を巡った。

法堂(本堂)

老梅庵(開山堂)

こちらでは道元禅師様の木像があったので、こちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。

そういえば今このブログを書いている時点で、去年の今頃は丁度永平寺に参籠にお伺いしていたということを思い出した。

これは道元禅師様、そして宮崎奕保禅師様のお教えを再び己自分の身に落としていかなければならないということだと言うお諭しなのだろうと思いつつ。。。

天竺殿

三面大黒尊天

これらの神様・仏様にもこちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。

僧堂

そして庫裡まで戻り、拝観終了。

境内を後にしようとすると、山門前で秋葉大権現のお社に差し掛かる。

鎮守 秋葉大権現

こちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただくと、光がパーッと差してきて、それこそ秋葉大権現様に感応していただいたような気分になってしまった。

そしてこのお社の近くにお不動様がいらっしゃったので、こちらでもお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。

本当に最近はお不動様にご縁があるなぁと思いつつ、、、

そして境内を後にして、琴坂を下る。

興聖寺を後にして目にした宇治川を見ると、それこそ母の愛のように慈悲に満ちた暖かさが溢れているように感じてしまった。

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