光永圓道大阿闍梨様~比叡山無動寺明王堂にお伺いしました

今回もANAの旅作を利用して、京都に出かけた訳だけれども、1月上旬の閑散期ということもあり、羽田⇔伊丹の往復フライト&新都ホテル一泊朝食付きで¥22,100という激安価格だった。

予約していた部屋はスタンダードシングルの部屋だったけれども、ホテル側の御厚意でサウスウィングのツインルームをご用意していただいた。

一人旅でツインルームとは贅沢だなぁと思いつつ、

やはり良いホテルなので、気持ちよく過ごせることが出来た。

そして朝食ではまたまたビュッフェで美味しいものを頂戴して

気分良くチェックアウト。荷物はホテルで預かって頂いて、京都駅から移動したのは比叡山坂本駅。

やっぱり京都に来たのならば、比叡山に行かなくてはという気持ちが強かった。

京都駅から比叡山坂本駅までは20分程度の電車の旅なのだけれども、比叡山坂本駅に到着する少し前に車窓を眺めていたら、比叡山方面に虹がかかっているのが見えて、思わずスマホで写真に収めている自分が居た。

虹が出るなんて、吉兆だなぁと思いつつ、比叡山坂本駅に到着。

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そしてバスに乗って

途中日吉大社の鳥居が見えたので、車窓からお参りさせていただいた。

そして、ケーブル坂本駅に到着。

前回比叡山にお伺いしたのが2016年11月上旬。紅葉シーズンが始まろうかとしている時期だったので、ケーブルカーを利用する観光客の姿も多かったけれども、今回は1月上旬の平日ということもあって、観光客の姿はまばらだった。

ケーブルカーにもすんなり座ることが出来て

いつものように流れる車内アナウンスに耳を傾けつつ、車窓からの景色を楽しむ。

そしてケーブル延暦寺駅に到着。

やはりここからの琵琶湖の風景を写真に収めてしまった(笑)

ケーブル延暦寺駅に到着すると、明らかに下界とは気温が違っていた。それでも私が今回京都にお伺いした際には、冬の京都のイメージとは異なる暖かさだったので、さほど寒いとは感じなかった。

そして数少ない観光客のほとんどは根本中堂へ向かう中、今回も一人無動寺に向かう自分が居た。

比叡山無動寺 参道入口

この日もパキっと晴れていて、狛犬さん達にご挨拶させていただきながらカメラに収めさせてもらうと逆光の中、金歯だけが目立っていたのがとても愛らしく感じたりして(笑)

そして無動寺を象徴しているお言葉を拝見して、再び感銘を受けつつ

明王堂へと歩みを進める。

前回お伺いした際にはどのくらい歩けばいいのだろう?と戸惑いながら歩いていたことを思い出したりして

そして、この先にどんな神様や仏様がいらっしゃるのだろうと思いながら歩いていたなぁ、なんて感慨に耽りながら歩いて行く。

私は、ケーブル延暦寺駅から歩いて明王堂や弁天堂に向かう参道の空気感が本当に好き。

殆ど人が居ない中、一人歩いていると、それこそ鳥達はさえずり、樹々は微笑みかけてくる。そして、本当にこちらではお参りされる人々が残していった、真摯な祈りの力というものを感じることが出来るから。

弁天堂は後ほどお伺いすることにして、まずは明王堂を目指した。

そして無動寺 明王堂に到着。

無動寺 明王堂

今回明王堂にお伺いしたのは、前回明王堂にお伺いした際に受けられなかった護摩供養とお加持を受けたいと思ったのが大きな要因だった。

勝手が分からなかったけれども、お堂の中にお邪魔させていただくと、傍にいらっしゃった御親切な信者の方がレクチャーして下さり、護摩木にお願いごとを書かせていただいたり、この後の流れなどをお教えいただいた(大阪から来たとおっしゃっていた素敵なお方、本当にありがとうございました!)

そして11:00を過ぎた頃、大阿闍梨様が明王堂にお見えになった。

そして御護摩が始まり、お加持が終わるまで約1時間程度。

信者の皆様と共に真言や般若心経を唱えていると、身体は寒いのだけれども、身体の真の部分はとても熱く感じて、訳が分からない状態になっている自分が居た。

そして大阿闍梨様からお加持を受けたら、とても身体が軽くなっているような気分がした。

まぁ気のせいではないのだとは思うけれども。。。

そして法曼院へと移動。

こちら大きな部屋で大阿闍梨様とお食事(勿論精進料理←とても美味しい)をいただいて、その後別の部屋に移動してお茶席ということで、大阿闍梨様とお話させていただくことが出来た。

そういえば、さっきから大阿闍梨様としか書いていないことに気付いた(笑)

光永圓道大阿闍梨様。

光永 圓道(みつなが えんどう、旧姓:星野、1975年 – )は、東京都出身の天台宗の僧侶で、北嶺大行満大阿闍梨(千日回峰行満行者)。比叡山無動寺谷大乗院住職。花園大学卒業(1997年)。

2003年より千日回峰行と十二年籠山に入る。
2007年10月13日午後1時すぎ、無動寺谷明王堂において行の最難関である「堂入り」に入り、10月21日午前3時頃に満行。
堂入りを達成した行者としては、2001年の藤波源信師以来6年ぶりで、戦後12人目。「当行満阿闍梨」と称され、生身の不動明王とされる。
2009年9月18日に千日回峰行を満行し「北嶺大行満大阿闍梨」となった。2012年11月2日から9日まで十万枚大護摩供を行い、結願。

Wikiより引用

というお方だったりする。

お茶席で光永圓道大阿闍梨様にご挨拶させていただき、お布施を手渡しした際にはマトモにお顔を拝見することが出来なかったので、そそくさと自身の座布団の位置まで戻ると「これこれ、これを受け取りなさい」とおっしゃられた。それはお年玉と書かれたポチ袋で、お食事を頂戴した際にもお線香やお菓子などをいただいたのに、お年玉まで頂戴出来るとは、とその御厚意に恐縮してしまった。

光永圓道大阿闍梨様のお姿を見ていたら、とても清浄な気を放っているのを感じた。

光永圓道大阿闍梨様は生身の不動明王とされる方だ。

そのお身体から発せられる「気」というのは尋常では無く、傍に寄るだけでこれほどまでの気を感じた人は私は他には一人しか知らない。

けれども、その圧倒的な気、即ち「力」を持っているという事と相反して、光永圓道大阿闍梨様はとても気さくに信者さんとお話されていた。
そして、私も日頃疑問に思っていたことについてお伺いしてみた。

すると光永圓道大阿闍梨様は、ご自身の見解だけれども、と断りを入れつつ、とても明確に私の疑問についての答えをおっしゃって下さった。

このお言葉を聞けた時には、私の頭の中では「ユリイカ!」という言葉が駆け巡ってしまい、歓びのあまりその場を走り回ってしまいたい位の衝動に駆られてしまった程だった。

ここで光永圓道大阿闍梨様が語られたことを文字として残してしまうことは、とても恐れ多くて、そして憚れるような気がするので、詳細は書かないけれども、本当に今回このような機会を頂戴出来た事の幸運に感謝するしかなかった。

その後はその場にいらっしゃった信者さん達と共に、光永圓道大阿闍梨様と楽しくお話させていただいたら、あっという間に時間が過ぎていて、光永圓道大阿闍梨様の次の御予定があるという14:00になったので、その場はお開きとなった。

光永圓道大阿闍梨様の御本『千日回峰行を生きる』は比叡山に興味を持った際に読まさせていただいたけれども、とても御自身の修行に対して淡々と書かれているなぁ、という印象を持った本だった。

他のお寺で修行している方の本を読むと、修行中に歩いていたら足の爪が剥がれて、云々等の厳しい修行の様子が描かれていて、あぁ本当に大変なんだなぁと思わせる文面に触れることが多かったのだけれども、光永圓道大阿闍梨様の御本『千日回峰行を生きる』を読むと、その修行の苦難も自身が選んだことで、自身の行いが悪かったという風な記述が多かった。

どちらがドラマティカルかと言えば、自身の苦難などを神様や仏様から与えられた試練として乗り越えた話として書かれているものの方だろう。

しかし、光永圓道大阿闍梨様を目の前にして感じた事と言えば、このお方は自身で選んだことの責任は全て己自身にあるということを体現されていらっしゃるお方なんだろうと思った。

それこそ、千日回峰行などという、凡人には果たせない修行について淡々と語っているお姿を見て、どんな分野でも何かを成し遂げている人ほど、多くについては語らないのではないかと思わずにはいられない自分が居た。

言葉よりも、光永圓道大阿闍梨様から放たれる圧倒的な存在感、そのものが光永圓道大阿闍梨様の生き様を感じさせるような気がしてならなかった。

全てのご縁に感謝。

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