比叡山無動寺明王堂にお伺いしました

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無動寺弁天堂を後にして、向かったのは無動寺明王堂。

弁天堂で明王堂というお堂が近くにあるので、そちらにも行ってみると良いというアドバイスを受けたのもあって、そちらの方に向かって歩いて行った。

その時は、この無動寺明王堂というお堂がどういったお堂ということを、特段意識もせずに向かっていた。

本当に、誰も居ない。

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そしてお堂の前に到着。

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無動寺明王堂

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お堂の前から眺める琵琶湖がとても美しくて、こちらの方がケーブル比叡山駅から眺める琵琶湖よりも数段美しく感じてしまった程だった。

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そして、お堂の中に入ってお参り出来るようだったので、靴を脱いでお堂の中にお邪魔する。

これまた、参拝客は誰も居ない。

そして不動明王様の前に額ずき、こちらにお招きいただいたことに感謝してお参りさせていただいた。

すると、何故か、とても、とても、力強いものを感じてしまった。

このとてつもない力強さはなんなんだろう!と自分の中でも驚愕しつつ、不動明王様のお姿をしげしげと眺める。

参拝客は誰も居なかったけれども、お守り等があるところで、お寺の方らしき方がいらっしゃったので、御朱印は受けられるのかと確認したところ、快く御朱印に対応していただけた。

誰も居ない中、御朱印を書いていただいている間の沈黙がむず痒いような気がしたので、思わずお寺の方に、静かなところですね、と語りかけている自分が居た。

そうするとお寺の方は親切に、こちらのお堂について説明してくれた。

こちらの明王堂は回峰行の根本道場と言われているところで、昨日まで大きな行事があったので、それはそれは参拝客は多かったけれども、今日はその大きな行事も終わったので、静かであるということ。

そして普段も大阿闍梨様が行う午前11時から護摩焚き&お加持を目的にいらっしゃる参拝客が多いということをお伺いして、これだけ人の居ない明王堂は滅多に無いということだった。。。

この日は大きな行事の後であるということで、護摩焚き&お加持は無しということで、これまた、タイミングを外してしまったとも考えられたけれども、逆にこれだけ人の居ないところでこちらの不動明王様にお目にかかることが出来たということは、タイミングが良かったとも考えられる訳でして。

前回比叡山にお伺いした際に、酒井雄哉大阿闍梨さまの書物を数冊手に入れて、比叡山、そして回峰行について学んでいたつもりだったけれども、回峰行の中で最も過酷と言われている「堂入り」のお堂が、こちらのお堂だということに気付いていなかった自分を恥じてしまった、、、

5年700日を満行すると、最も過酷とされる「堂入り」が行われる。

入堂前には行者は生き葬式を行い、無動寺明王堂で足かけ9日間(丸7日半ほど)にわたる断食・断水・断眠・断臥の4無行に入る。

堂入り中は明王堂には五色の幔幕が張られ、行者は不動明王の真言を唱え続ける。毎晩、深夜2時には堂を出て、近くの閼伽井で閼伽水を汲み、堂内の不動明王にこれを供えなければならない。水を汲みに出る以外は、堂中で10万回真言を唱え続ける。

堂入りを満了(堂さがり)すると、行者は生身の不動明王ともいわれる阿闍梨となり、信者達の合掌で迎えられる。これを機に行者は自分のための自利行から、衆生救済の化他行に入る。

Wikiより引用

そしてお寺の方は、大阿闍梨様の護摩焚き&お加持についても説明してくれて、今度来る機会があるのならば、事前に確認してもらえれば外すことはありませんよ、とお堂の連絡先を教えてくれた。

そういうことがこちらのお堂で行われていることも知らなかったし、また全然期待していなかったけれども、これで、また、比叡山にお伺いしたいと思う理由が一つ増えた。

御守り等が並んでいる中、一冊の本が目に入る。

『 猿之助、比叡山に千日回峰行者を訪ねる』という本。

その大阿闍梨様というのは、こちらの方なのですか?とお寺の方に尋ねると、そうです、光永 圓道 大阿闍梨様です、との返答だった。

こちらのお寺の受付の方には、他にも下らない質問をしてしまったのに、本当に懇切丁寧にお答えいただき、何故一介の参拝客である私に、そこまでの対応をしていただけるのか分からなかったけれども、感謝の想いで一杯になってしまった。

そしてお礼を述べて明王堂を後にした。

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今回、思いつきで訪れた比叡山の無動寺、弁天堂と明王堂。

こちらにお伺い出来たということは、とても幸せだった。

何故一介の参拝客である自分に、ここまで親切に対応をして下さるのだろうと思ったら、涙が溢れ出て来て、誰も居ないことを良い事に、ケーブル比叡山駅までの坂道を泣きじゃくりながら歩いていたら、あっという間にケーブル比叡山駅まで辿り着いていた。

ケーブル比叡山駅近くの、無動寺参道入口の鳥居のそばに掲げられていたことばを再び目にする。

詣で来る

人のねがひの

満ち足れと

ただひとすじに

祈る明けくれ

この言葉こそ、本当に無動寺弁天堂・明王堂のスタンスだったのだということを、改めて実感してしまった。

東京に戻って、酒井雄哉大阿闍梨さまの本を読みかえしてみたら、酒井雄哉大阿闍梨さまも出家される前に弁天堂にたびたび訪れていたことを知る。

お世話になっていた叔母さんがぼくを心配して、「お山(比叡山)に連れて行けば、ちょっとはまともになるんじゃないか」って、叔母さんが信仰していた比叡山の弁天様にちょこちょこと連れていってもろうてましてね。

初めて比叡山に登ってみたら、なんていいところだろうと、心が洗われるような気がして、なんか下界の世界とはちがうなあと思いましたね。

~『この世で大切なものってなんですか (朝日新書)』より引用

私と言えば、弁天堂、明王堂、この二つのお堂にお伺いしたことによって、人の優しさに触れ、そして自分を守るために周りに張り巡らされていた壁というものを造らなくても、そのままの自分で大丈夫だということを知ることが出来た。

いつも旅に出ると、途中で東京に戻りたくて仕方がなくなるのだけれども、今回の旅はそういう事が全く無く、逆に東京に戻りたくないと思ってしまった程の良い旅だった。

けれども、これはまだまだ旅の始まりだったりする。

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