自分自身を信じるということ~『横山健 随感随筆編』を読んだ

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先月”DEAD POP FESTiVAL”って言うフェスに行ってきた。

行く前までは私が知らないバンドも多くて楽しめるのかしらん?と思っていたけれども、ほぼ一ケ月経過しても、楽しかったよなぁと思い返してしまう程だったりする。

思わずフェスに行った翌日にTweetしてしまった位。

このTweetに書いた通り、多くのバンドの皆様が、自分の信じる道を歩き続けることの大切さを訴えている姿を目の当たりにして、私も負けてはいられない!と思った。

そして、このフェスで見た”10-FEET”というバンドが、とても好きになった。

7月20日に発売された彼らの新しいシングル『アンテナラスト(初回限定盤A)(DVD+GOODS付)(DVD付)』を購入して、毎日のように聞いている訳だけれども、時間があるときにはこのCDに付いているDVDを見ている。

このDVDもシングルに付属しているとは思えない程、ボリュームのあるDVDで、そしてこのDVDの中でVo.のTAKUMAさんが語られている言葉一つ一つに感動している自分が居たりして。。。

そして、このDVDのオフショットの中で、TAKUMAさんと漫才のような掛け合いをしているバンドマンの人が居た。

それが横山健さんと言う方だった。

その存在は知っていたけれども、”Hi-STANDARD”と言うバンドがデビューし活躍していた当時は、私は洋楽~特にイギリスの音楽に夢中で、日本でどんなバンドや音楽が流行っているのかと言うことには全く興味が無かったし、チェックもしていなかった。

けれども、今回このDVDの中で見た、横山健さんという方が、どんな人なのか知りたくて『横山健 随感随筆編』という本を読んでみた。

この本には、人生に於いて大切にしなければならないということが、至極真っ当に書かれていた。そこら辺のスピ本や自己啓発書に書かれているような、どこかで見た事のあるような薄っぺらい言葉じゃなくって、自分で考えて、そして歩んで来た人だからこそ、紡ぎ出される言葉だと。

本の前半に書かれていた人生観についても、とても共感できたし、私が苦手としていた「自分を大切にすること」ということの重要性を分かりやすい言葉で説明してくれていた。

それじゃあ、オレの目標は何なのか?それは単純、「楽しく生きるコト」だ。

一口に「楽しく」とは行っても、ただの快楽的・刹那的では生計がたてられるワケはない。やっぱり仕事をしていかないといけないワケです。

そこでポイント、何の仕事をするにしても、どこに属したとしても、「どんな人生観・価値観を持つか」に、すべてはかかっているんじゃないでしょうか。

オレが見出した人生観・価値観は「家族的在り方」です。

考えてみてほしい。家庭にはゴールはない。「いつまでにいくら貯金しよう!」とか、具体的な目標は家庭ごとにあるかもしれないが、家庭のゴールというモノは、極論を言うと「一日を楽しく、無事に終える」コトなのではないか?

さらに言うと、死が家族を分かつ日まで、楽しい日々を積み重ねていくコトではないか?と思います。

親は子を、子は親を幸せにすべき存在です。親なら、子がどんな仕事をしていようが、世間体がどうだろうが、健康で楽しくやってれば幸せであるべきなんですよ。子もまた然り、何をしていようが、世間体がどうだろうが、楽しくやってれば親は喜んでくれると思うべきなんですよ。

オレは音楽をするにも、仕事をするにも、人と接するにも、どんな時間を過ごすうえでも、この考えを優先させています。そうすると、時間を大切にするようになっていくし、目的も大事にするようになる。そして家族はもちろんのコト、周りにいてくれる人々を大切にするようになっていく。

すると不思議なモノで、そういった気持ちは自分に返ってくるんですよ。つまり、「自分のため」なんです。いやらしい意味じゃなくて、自分に大切にするコトは非常に大切なコトです。

金や名声などは、必要最低限な程度しかいらなくなる。……そう、「必要最低限」でいいんですよ。それ以上を望むと、笑って暮らせなくなる。まぁ、この観点はオレが自分の経験を元に形成したモノなので、他人さまの人生に当てはまるとは毛頭思っていない。

しかしどちらにしても、自分独自のシッカリとした価値観は持っていないと、楽しい人生は送れないと思うけど、みなさんはどうですか?

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私は神社仏閣にお伺いするのも好きだし、神様や仏様の存在は信じている。

けれども、そういう目に見えないものを利用して、人々を陥れている奴等は嫌いだ(スピ系商売とかしている人々ね)そういう人たちは、自分を愛することが出来ないから成功できないのだと言って、自分が愛せるような石とか、自分を愛することが出来るようになるヒーリングなどを勧めてくる。

けれども、いくら自分を愛せると言われる石を身に付けたとしても、クソみたいなエネルギーのヒーリングを受けたとしても、根底で自分が本当に何を大切にしているのかということが分かっていなければ、自分を愛することなんて、決して出来ない。

自分の事がキライという理由も、世間から見たら立派と言われる職業に就いていないとか、誰かと比べたら容姿が劣る、とか、「何かと比べて」自分を嫌いになってしまったり、こんな状況にある自分は愛される価値がないと思いこんだりして、自分自身を大切にできないという部分がほとんどだと思う。

誰に何を言われようと、どんな状況であろうとも、自分自身を信じること、そして自分自身で決めた人生観や価値観をゆるぎないものにすること、それが自分自身を大切にすることなんだと、この文章に触れて感じたりした。

そして、この本の中で一番衝撃を受けたのが、この部分だった。

最後の最後に、ちょっと壮大な話をするけど、いいよね?

……オレは「自分の人生は60年」と思って生きてきたんだ。もちろんもっと早く死ぬかもしれないし、案外長生きするかもしれないが、なんとなく「60歳まで」と漠然と思ってる。

そうだとすると、もう4分の3は終わってしまったことになるよね。寂しさは少しはあるが、別に怖くはないよ。

なぜなら「死は避けられない」し、「オレはただ今、幸せ」だからだ。きっと人生で一番大事なのは金や物ではなく「幸せを感じた量」なんだと思う。

みんな、さも将来に「大きな報酬」や「今はまだ見えない幸せ」が待っていると思って生きてはいないかい?我々日本人の思考回路は概ねそう考えるように仕上がってるんだ。もちろんオレだったそうやって考えてた時期もある。

しかし極論を言うと、それらは「待っていない」んだ。あると言えばあるのだが……今を楽しんでいない者に、この先、報酬が突然現れるわけがないんだよ。

だから「幸せ」の質を見直すことを勧めたい。幸せってごくごく小さなことなんだ。そりゃ、ズーっと欲しかった物を手に入れた瞬間、幸せだろう。好きな人と気持ちが通じ合った、幸せだろう。でもこれらはちょっと「特別」であり、しかもあっという間にそれらが与えてくれた「幸せの効力」は失われてしまう。

「幸せ」は誰かが与えてくれたり、物が与えてくれたりするものじゃないんだ。「自分で進んでなる」ものなんだ。

つまり、「小さなことから幸せを感じる力」を身につけることなんだ。オレはほんの些細なこと……、たとえば気持ちよくクソが出た時、仲間と話しててすごく笑っている時、家族の寝顔を眺める時、子どもの頭を撫でる時、そういった日常のことで幸せを感じることになったんだ。金も物もいいけど、これが一番幸せだよ。

これは考え方の訓練で、案外簡単に身につくよ。どんな訓練かっちゅーと、最初は「天気が良くて幸せだなー」とか無理矢理思うんだよ。それから周りの人間に対して感謝の気持ちを、自分の頭の中でハッキリと持つこと。これで全然違ってくるよ。

「幸せを感じる力」を身につけて、「些細などうでもいいようなこと」を積み重ねていって、その果てに「あぁ……、自分の人生って悪くないなぁ」って思うようになるんだ。

そしてオレは、ある日パタッと死んでも、……多少の後悔は残るだろうが、「自分は幸せだった」と思うだろうな。

この本を読んでいたら、何故か、昔、沖縄の離島で、神様のことばを告げることが出来る人から、私のこれから先についての身の振り方について神様に聞いて頂く、ということをしてもらった時の事を思い出した。その答えは「自分で考えなさい、と言っている」ということだった。

自分で考えるということ。

それは自分の人生観や価値観は自分自身で決めるということであるという訳で、ある意味楽ではない。けれども、その自分自身で決めた人生観や価値観を揺るぎないものにするために一番必要なのは、やはり、自分自身を信じるということだ。

自分が自分を信じることがとても大切だということを、フェスに行って、それぞれ一生懸命にプレイしているバンドの皆さんを見ることで改めて感じることが出来たし、フェスに行ったことがきっかけで好きなバンドが増えて、そして、こうやって素敵な本に出会えることが出来た。

ホント、この本のキャッチコピーじゃないけれども、「自分を信じないで、誰のための人生なんだ」ってことなんだろうな。

横山健 随感随筆編

横山健 随感随筆編

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