信じるものは救われる

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約2年前に石上神宮と春日大社で朝拝に参列して、大祓詞を奏上させていただくという機会に恵まれた。そしてその後は毎朝自宅の神棚で、大祓詞を奏上している。そしてその後に仏壇で般若心経を唱えている。

最初の頃はメンドクサイなぁ、とは思っていたけれども、今となってはこれら抜きでは何となく一日が始まらないような気になって、毎朝どんなに忙しくても疲れていても大祓詞と般若心経は欠かさない。

この行為が、私と神様・仏様とのつながりを実感できるひとときだったりもするので。

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今度永平寺にお伺いする予定なので、永平寺に関連する本を読み漁っている日々なのだけれども、今日は南直哉さんと為末大さんの対談本『禅とハードル』という本を読んだ。

南直哉さんは、現在は恐山菩提寺院代であり、そして永平寺で約20年も修行されたという経歴の持ち主。禅に関する書物も沢山書かれているので、私も御多分に漏れずこの方の書物には多く目を通している訳だけれども、この本は為末大さんとの対談ということで、成功した人との対談なんて面白いのかなぁと思っていた部分もあったので、何となく後回しにしていたりした(笑)

けれども、この本は超面白かった。面白いと言っては語弊があるかも知れないけれども、どのページを読んでも腑に落ちることばかりだった。

例えば信仰について。

為末:なぜ走るのか。認められたくて走っているのか、好きで走っていたら認められてしまったのか。いろいろ考え込んでしまいますが、同じように、何かを「信仰」するときに、宗教や神がいるから信仰するのか、信仰するものが必要だから宗教ができたのか。ときどき考えているとわからなくなることがあります。

南:私が永平寺に入って間もないころの話です。そのとき僕は、ある老僧に仕える係だったんですが、その方は毎日、夜中の1時くらいにはもう起きて、道元禅師の木像が奉ってある場所で朝のお勤めを始めるんです。

冬なんか気温も0度以下でものすごく寒いので、こちらも足袋を2枚重ね履きしてついていくわけですよ。まず「おはようございます」と挨拶して、そのあと「洗面の儀」とかいって木造のお顔を洗う。そのあと呪文みたいなものを唱えて、「朝のお湯」とか「朝のご飯」とか延々とやるんです。

ごはんの御膳を差し出す手の角度まで決まってて、ちょっとずれただけでも「あんたさん何やってんや」と怒られる。それを毎日毎日続けるんです。木像に対してですよ?オカルトかと思いました。異常な世界ですよ(笑)

それで3ヵ月以上続けて、なんとか役に立つようになってきたころ、やっとその老僧と会話ができるようにもなってきたので、言ってみたんですよ。「なんでこんなことしなくちゃいけないんですか?」って。

そうしたらその老僧がニヤリと笑って「あんたさんは今までずっと、これこれこういうことをやったら、次はこうなって、というような世界でやってたんやろ?」って言うんです。

つまり、目的がこれで、手段がこうで、これだけのことをやればこれだけのことが返ってくるという世界でやってたんでしょう?と。で、僕が「そうです」、と答えたら「それは世間だ」って言うんですね。「しかし、ここは違う」と。

「あなたが、私が言うようにていねいに礼拝をしたときに、ここに道元禅師が立つ」と。

つまり、道元禅師がいるから、ものを供えるのではない。我々がものを供えるから、そこにいるのだと。私らがやっている礼拝やお供えをする「行為」が。そこに道元禅師を立たせるのだと。「伝統」とはそういうことなのだ、とね。

昔、神様や仏様の存在を信じていなかった頃には、信仰というものは弱い人の心の拠り所なんだろう、くらいにしか思っていなかった。

けれども、今となっては、確信して神様や仏様は本当にいらっしゃると断言できる。信じる人には神様や仏様が見えるし、信じていない人には神様や仏様は見えないと思う。

私の尊敬する宮崎禅師様もおっしゃっている。

しかし、目に見えないものが、本当は神であり仏であり真理なんだ。目で見えるものでなければ信じないというのは、これは人間の欲だ。信じるということは、形のないものを信じるんだから、神や仏というものはあるという信念を持っている人には、それはある。

しかし、そういう信心のない者にとっては、神も仏もない。あるとかないとかいうことは、自分の心が決めることだから。だから、自分の心に神や仏などあるものかと思う者にとっては、神も仏もないんだ。

~『坐禅をすれば善き人となる―永平寺宮崎奕保禅師百八歳の生涯』より引用

神社仏閣に行って、何も感じることが出来なかったから、感じ取れる能力を身に付けようナンテ思う前に、神様や仏様がいらっしゃると本気で思えば、修行して能力を身に付けるとかしなくても、誰もがその存在を感じることが出来るという、本当にシンプルな話なんだけれどもね。

禅とハードル

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