御神徳に感謝してお礼参りにお伺いしました~三峯神社に行ってきた【その2】

拝殿参拝後は祖霊社へ。

三峯、いのちの聖地 (MOKU選書)』を読んで、何故本殿近くにこちらの祖霊社が鎮座されているのかと言う意味を知った後で参拝させていただくと、感慨深いものがあった。

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そして国常立神社へ。

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国常立神社の狛犬さんたちもカワイイ。

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日本武神社もお気に入りだったりする。

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伊勢神宮や摂末社は相変わらず工事中だったけれども、これらのお社の工事が終了した時にもお伺いできたらなぁと思った。

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拝殿横からのショット。

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三峯神社の本殿はイザナギノ尊、イザナミノ尊をお祀りするお社。イザナギノ尊、イザナミノ尊と言えば、神魂神社のことが思い起こされた。

初めてお伺いした神社に感動して、もう一度その感動を味わいたいと再び行った神社はがっかりすることも多かった。天河弁財天とか出雲大社とか須佐神社とか、、、けれども、神魂神社は2回目の参拝でも感激したなぁ、と。

今回三峯神社も2回目の参拝となる訳だけれども、がっかりなんてことは少しも無く、社務所にお伺いして御朱印を受けて、お守り等を頂戴しても、神社の皆様の対応はすこぶる良く、これも『三峯、いのちの聖地 (MOKU選書)』に書かれていた通りだなぁ、と改めて感心した訳でして。

何回も書いているのでしつこいかも知れないが(笑)、『大祓詞の解釈と信仰 (1962年)』の中にはこういった記述がある。

この「高天原」というのは具体的に言えば天のことです。どうして天に神様がいらっしゃるのかというと、天はきれいなところ、美しいところです。神様というのは、ただいまお話し申し上げましたように「清く・正しく・睦まじく」なければならないことを教えられるのが御心でありますから、神様のいらっしゃる天は、当然清く美しいところであるはずです。だから、そうした所にこそ、ほんとうに親神様はいらっしゃるのであります。

これを具体的に、且つ現実的に言ってみるならば、神社というものは、清く、美しく、睦まじいこころを起こさせる所ですから、そこも高天原でなければならないと私は考えています。なぜならば、神社には神様がいらっしゃる、ほんとうにそこに神様がいらっしゃるか、いらっしゃらないかということがわかるのは、そこが清いところだり、睦まじいところであるかどうかによるのであります。そういう意味で、神社の職員は参拝に来る人に接して、「このお宮さんはきれいなところだ。応待する人もみなやさしい気持をもっておってくれる」とそういう気持を起こさせることです。この気持ちがお参りする人に対して、みんな大きな力になってゆくのです。

こういう例が往々あります。せっかく遠方から参詣に来たのに、お宮さんの係りの方がお札の差し出し方一つが悪かったために、非常に不愉快になって帰ったということであります。せっかくお参りし、神主さんから神札を投げるようにして渡されたというのでは、神様の御徳がそこなわれてしまうのであります。私どもがお宮にお参りいたしましても、手水鉢には水がこんこんと湧きでている。お掃除がよくゆき届いている。御奉仕している人々がみんなやさしくしてくれる。それ自体でもうそこが美しいところなのです。それだけでもいいのです。ほんとう言えば、その気持ちがその人をして、神様というものは、こいういうものだということを教えてゆく一つの導きになっているのです。

~大祓詞の解釈と信仰 (1962年) より引用

この引用通りに言うとするならば、三峯神社は高天原と言っても過言ではないと思う。でなければ、私自身もこれほどまでに魅了されないだろう。

三峯山の御神気と、お犬様の御霊験、そして神職の方々をはじめとした神社関係者の心温まる対応、これらが合わさっているからこそ、関東一のパワースポットなんて言われているのではないかと思ったりした(個人的に言えば、関東一というよりも、日本有数のパワースポットと言いたいけれど)

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そしてお仮屋へお伺いする。

途中えんむすびの木があるのだけれども、若い女子が群がっていて参拝どころでは無かったのでそのままお仮屋へ直行した。

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お仮屋には誰も居なかった。

狼さんたちにもご挨拶して

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再びお招きいただいたこと、そして前回のお参り以来、ずっとお護りいただいていることに感謝してお参りさせていただいた。

そして人が来る気配を全く感じなかったので、大祓詞を奏上させていただく。

お喜びいただけたようで、何よりだった。

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参拝者は沢山居たはずなのに、ウソみたいに誰も来なかったので、しばらくお仮屋周辺で佇んでいた。この時間もお犬様からのプレゼントだと思うと、涙がちょちょぎれてきた。

本当に優しい。

そして10分程経過した頃、人が近づいてきた気配がしたので、お犬様にお礼を申し上げ、お仮屋を後にした。

えんむすびの木周辺には、若い女子群がっていて誰と結ばれるだの、どうのこうの五月蠅かったので、遠くからお参りさせていただいた。

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パワースポットの弊害、なーんて思っちゃったりして。

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そして、前回バスツアーでお伺いした際には出来なかった日帰り入浴を楽しんだ。

興雲閣の「三峯神の湯」では日帰り入浴が出来るのです。フロントで日帰り入浴をしたい旨伝えて、入浴料(¥600)とタオル代(¥100)、そしてバスタオルも貸していただけるということで(¥200)それらを支払い、さっそく中へ。

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弱アルカリ性の透き通ったお湯ということで、5分間つかるだけで肌がすべすべし、いつまでもぽかぽかと暖かいと謳われているだけあって、透明度の高いお湯につかると、とてもすべすべしてきて、そしてつかっているだけでとても良い気分になれた。

フロントでポイントカードも作ってもらったので、これは通わなくてはと思ってしまったりして(笑)

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興雲閣というのは、三峯神社が経営している宿坊のようなもので、フロント奥には三峯の名産品や三峯神社の名前の入ったお菓子などが販売されていた。そしてこの雰囲気は、伊勢の神宮会館そっくりではないか、と思ってしまった。

お土産等を見ていたら、杖をついたご老人がフロントの人に向かって「おかげで今年もお山に来ることが出来ました」と仰っている姿が目に入る。『三峯、いのちの聖地 (MOKU選書)』に書かれていたような光景を目の当たりにして、やはりこちらが信仰の山ということを再認識した。

お風呂上りに小教院でコーヒーなどいただきたかったけれども、この日は15時で閉店ということだったので間に合わなかった(涙)次回来た時のお楽しみですな。

そして御神木へと向かう。

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今回も御神木に触れさせていただいて気をいただく。

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そして斎館1階の三峯オリジナルショップで、お犬様の関連グッズなどをお土産として購入した。前回のバスツアーでは時間が限られていたので、こちらで買い物をする時間が取れなかったので、今回こちらにも是非とも寄りたかったのでした。

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そして日本武尊銅像のところにもお伺いして

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遥拝殿へと向かう。

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秩父宮記念三峰山博物館も見てみたかったけれども、冬季(12月~3月くらいまで)は休館ということでして。

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離れるのが名残惜しい気持ちに苛まれながらも、三峯神社を後にした。

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そして、前回のバスツアーでは時間が無くて行けなかった場所に最後に行った。

途中、奥宮参道入口を見て、奥宮はお山が開いたら、絶対に行こうと思った。

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そして神領三峯民家へ。

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神領三峯民家というのは、最近まで実際に使われていた三峯の民家を移築、復元しているところ。これも『三峯、いのちの聖地 (MOKU選書)』を読んで、見てみたいと思ったところだった。

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”SEKAI NO OWARI”というバンド。

普段は”SEKAI NO OWARI”なんてほとんど聞かないのだけれども、何故かこの秩父へ向かっている電車の中で彼らの歌を聞いていた。

彼らの歌で”illusion”という歌がある。

その歌の中の

生きていくことがあまりにも便利になったから、生きているという実感がなくなっている

という歌詞が妙に頭に残っていた。

この神領民家を見て、昔の人々の生活に思いを馳せると、生きていくということが不便で、大変だった時代というものが映像として浮かび上がってきた。

今は寒いと思っても、エアコンのスイッチ一つ押せば、暖かい空気が部屋を満たす。けれども昔の人々は、暖を取るためには、山から木々をいただき、そしてそれを炭にして火鉢でともして暖を取るという生活だった。

そして大変だった生活だからこそ、それを支えてくれる、目に見えない神様や仏様の存在を感じ、そして感謝することが出来たのが、昔の人々だったのではないかと思ったりした。今の時代、全てが便利すぎて、そしてそれが当たり前と思うようになってしまい、目に見えないものに感謝することが次第に減ってきていること。これこそが、生きていることが実感できない証なのだろうと。

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今回は、バスツアーでざっくりと参拝しただけでは味わえない三峰という土地を堪能させていただけた。

そして最終バスで西武秩父駅へと戻る。

夕方17時過ぎ、冬の秩父は真っ暗で、その漆黒に彩られた奥秩父の山々をバスの車窓から眺めていたら、本当は見つかっていないだけで、今でも狼はこの地に居るのではないかと思えて仕方がなかった。

西武秩父駅からはレッドアローで都内に戻る。

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レッドアローを利用すれば、簡単に都内まで戻ってこられることに今更ながら気が付いて、また秩父に行きたいと思った。

三峯、いのちの聖地 (MOKU選書)
中山 高嶺
MOKU出版
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