執着を手放す

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photo credit: Gluten Free Vegan Lemon Cupcakes via photopin (license)

2年前に、花粉症になった。

とある朝、目をあけようとしたら、まぶたが全く開かなくって、目ヤニでまぶたがくっついた状態で目が覚めた。

慌てて眼科に行くと、「花粉症だねぇ」と、一言。

目薬と内服薬を貰って、そして毎日薬を服用してそのシーズンはやり過ごした。

以前「花粉症が治ったみたい~その原因を考えた」という記事にも書いたけれども、去年は花粉症の症状は全く出なかった。

そして、今年になっても花粉症の症状は、全く出なかったので、これは完治した、ということでいいのかなーと思っている今日この頃。

前に記事にした時には、養命酒を飲んだりチベット体操をしていたけれども、今は全くやっていない(爆)

けれども、花粉症の症状が出なくなったというのは、実は食生活と周りからの影響が無くなったことが大きいのだと思ったりしている。

特に食生活、かな。

2年前はほぼ動物性タンパク質は取らない、菜食主義者のような生活をしていたけれども、今は、出されたものは何でも食べる。

お魚だってお肉だって、美味しくいただいている。

ベジタリアンのような生活をしていると、動物性タンパク質を摂らないということ自体が自分のアイデンティティを支えているような気になって、動物性タンパク質を摂っている人々を見下すような態度に陥りがちだけれども、そういう態度が、花粉症のような症状を出していたのかも知れない、なーんて思っちゃったりしてね。

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小池龍之介さんの『しない生活 煩悩を静める108のお稽古 (幻冬舎新書)』という本に、興味深い記述があった。

こだわり(つまり執着)を手放すことを、常日頃から人様に説く立場にありながら、もちろん筆者もいろいろな執着にとらわれており、それゆえ失敗もままあるものです。

たとえば、こんな失敗談。十年強にわたって菜食を続けて精進料理の自炊をしてきたのですが、一昨年頃から筆者の場合、栄養失調とおぼしき症状が出始めてまいりました。周囲に心配されるほど痩せ、体温が低下して強烈な冷え性に悩まされたのです。

そこで動物性の食品をとるよう勧められたのですけれども、第一のこだわりとして肉・魚は食べられません。第二のこだわりとして乳製品や卵も食べたくなく、そうこうするうちに多忙さも加わり体調が徐々に悪化してしまいました。

「自分は菜食なんだ」という自己像(イメージ)への執着を抱いていますと、それが悪い結果を出しているのを認めたくなくなるものです。……自己像の正しさを守りたいがために。

もともとは心身を整え瞑想しやすいようにと継続してきた食生活ですのに、まさにそのせいでふらついて、瞑想しづらくなっているのを認めざるをえなくなったとき、ようやく、こだわりを半歩手放して無精卵とヨーグルトを食べる気になったのでした。おかげで最近はすっかり元気。うーん、卵焼き、おいしいですね(さらに、本にするためにこの原稿を加筆修正している時点では、週に何度か日を決めて、お魚をいただくようになりました)

自己像への執着はそれに応じた思考や見解とくっついていますから、その執着を手放すに際しては、自分が愚かだったことを認めなければなりません。それには「自分は正しかったんだ」と思いたがるプライドがうずき、苦痛が伴うものではあります。

しない生活 煩悩を静める108のお稽古 (幻冬舎新書)~より引用

菜食をウリにしていた人だと思っていたので、この記述を見た時には、正直びっくりしてしまった。

けれども、ここまで正直に書かれていると、むしろ好感が持てたりする。

「これが正しい」という回りからの影響や、自分自身の思い込み。

私の場合は、2年前に働いていた回りの人々がほぼ全員花粉症だったことに影響され、ベジタリアンである自分自身にうぬぼれていた、ということで、花粉症という症状が与えられていたのだと、おぼろげながら思ったりする訳でして。。。

会社勤めやベジタリアンという執着を手放して得た物は、花粉症からの解放だったりした。

まぁ、これも信じるか信じないかはあなた次第ってことですけどね(笑)

しない生活 煩悩を静める108のお稽古 (幻冬舎新書)
小池 龍之介
幻冬舎
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