”もっともっと”の欲を無くす~『毒舌訳 哲学者の言葉』を読んだ

small__9824021116
photo credit: Saulo Cruz via photopin cc

最近堅い本ばかり読んでいたので、気分転換に有吉センセーの『毒舌訳 哲学者の言葉』という本を読む。

「哲学者の言葉」などと書かれているけれど、そこは有吉センセーなので、ニーチェやエマーソンなどの哲学者の言葉を毒舌で訳すという、いわば突っ込みを入れていると言った内容。

一時間もあれば読めてしまうようなお気軽な本なのだけれど、有吉センセーのお言葉の方が、哲学者の言葉より現代社会を生き抜く上では役に立ちそうだなぁ、と思った(笑)

例えば、ニーチェのこの言葉。

愚か者はよい暮らしを得ても、それよりもっとよい暮らしを求める

スポンサーリンク

この言葉に対する有吉センセーの毒舌訳は

「もっといい家に住みたい」とか、「もっといい車に乗りたい」とか、「もっといい服を着たい」とか、” もっともっと “って思っちゃダメです。

いい家に住むために住宅ローン組むとか、いい車乗るためにローンで買うとか、いい服買ってカードの支払いに困るとか、結局いい思いしようと思うと、あとで苦しい思いをするのは自分だってことです。この不景気に給料下がったり、ボーナスでなくなったりしたら、一発でアウトです。

「もっといい暮らしがしたい」って思うからいけないんです。背伸びするからダメなんです。

自分の身の丈よりひとつ下の生活をするぐらいでちょうどいい。無理しちゃダメです。「もっといい暮らしがしたい」なんていうくだらない思いが自分の首を絞めるのです。

という、至極真っ当な突っ込み。

けれどもこの部分を読んで、先日読んだ『霊能一代』という本に書かれていたものと似ていたことに驚いてしまったのだった。。。

日本は戦争に負けたのに、戦後日本人はぜいたくな暮らしをしすぎました。戦後、食べ物に困ったせいか、誰も彼もが一斉にお金を稼ぎに走り出しました。そして、愛情なんてどうでもよくて、物さえ子どもたちに与えておけばいいと錯覚するようになりました。哀れなのは子供たちです。

しかし、それでもまだお金がないと言っています。だがこれはもっと生活の水準を落とせば解決する話なのです。もともと日本人は質素な生活しかできないのに、それを忘れてお金のある生活をしようとしたのが間違いのもとなのです。今の親たちは子どもを遊ばせるために必死になって働いているようなものです。子どもに楽をさせお金を与えてはいけません。

霊能一代 より引用

世の中には「もっともっと消費せよ」というメッセージが至る所に溢れている。そして、その「もっともっとを手っ取り早く満たしたい」という欲を利用した商売もあったりする。自己啓発セミナーとか、スピ商売もその類に入ると思う。

現実を認識することではなく、今、自分自身が手にしていないものを、あたかも手に入ったように感じることを、この手のものは勧めている。

例えば、豪邸に住んでいる自分や人々に称賛されている自分のイメージを思い描くように、などと。けれども、この行為は、自分自身に嘘をついていることになるし、それが手に入らない状態が続くと、早く手に入れたいという、焦りにも似た「怒り」の業(カルマ)を作り出してしまっていることになる。そしてその怒りの業(カルマ)に、一番傷つくのは、他ならぬ自分自身だというのに。。。

自己啓発やスピに関わるまでは幸せだったはずなのに、それらに関わってから、人生の歯車が狂ってしまうことがあるように、「もっともっと」という「欲」が一番危険なのかも知れません。

愚か者はよい暮らしを得ても、それよりもっとよい暮らしを求める

ニーチェ先生の言うことも、当たっているのかもしれませんね(笑)

毒舌訳 哲学者の言葉 (双葉文庫)
有吉 弘行
双葉社 (2013-05-16)
売り上げランキング: 140,090
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.